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「答えは一つしかない」ブックデザイナー・鈴木成一さんに「本の装丁とは何か」を聞いてみた

 何気なく足を運んだ書店。売り場には、題字やビジュアルに工夫を凝らした、色とりどりにデザインされた本が並びます。ふと、気になる表紙の本を手に取ると、思いがけず、ざらっとした感触。ずっしりとした重みを手に感じながら、パラパラとページをめくると、なんだか面白そう!

 そんな本との新しい出会いをつくるのが「装丁」。それを作り出すのがブックデザイナーです。

 第一人者のひとりが鈴木成一さん。小説からノンフィクション作品、実用書、タレント本まであらゆるジャンルの装丁を手掛け、これまで数々のベストセラーのブックデザインを担当してきました。約40年にもわたって第一線で活躍し続け、現在も依頼の絶えない大御所が明かすブックデザインの裏側。Sunmark Web編集長の武政秀明がインタビューしました。


ブックデザインの第一歩は「読む」ことから

武政秀明/Sunmark Web編集長(以下、武政):いわゆる「ジャケ買い」のように、書店で気になる表紙を目にすると、つい手に取ってしまいます。

鈴木成一/ブックデザイナー(以下、鈴木):読者との新しい出会いをつくるのが装丁、ブックデザインです。『デジタル大辞林』(小学館)には、「製本の仕上げとして、書物の表紙・扉 (とびら) ・カバーなどの体裁を整えること。また、その意匠」とありますが、主にはカバーまわりと中面のデザイン、用紙・加工・製本などのハード面の設計をやっています。

『蜜蜂と遠雷』/ 恩田陸
鈴木成一さんが手掛けられた作品の一つ

武政:ブックデザインって、やることがかなり多いんですね。どこから着手されて、どうやって完成に持っていかれるのか、素人にはさっぱり見当もつきません。

鈴木:私の場合は、ブックデザインを担当する本の原稿を読む。「本の個性」を見つけるにあたって、それがもう本当に大事だと思っています。

装丁の「答え」は一つしかない

武政:お仕事の中で、どのくらいの時間、原稿を読んでいらっしゃるのですか。

鈴木:デザインの実作業よりも読んでいる時間のほうが長いんじゃないかな。全体の業務時間のうち、8割くらいは読んでいるかも。土日とか、朝とかも、だいたいずーっと読んでますよ。じゃないとできない。

原稿を読むと文体や世界観がわかるし、いろんなアイテムなりモチーフなりが出てきますから、それを見えるかたちに引き伸ばして膨らませるわけです。原稿には、「デザインが、そこに行き着く」って要素がちりばめられているんです。それらのどこをすくい上げ、どう強調したらその本の個性になるか、原稿を読みながら考えていきます。

武政:いくつかのパターンを考えるわけではない?

鈴木:読んだ答えだから、正解は一つしかないんです。私のデザイン提案は、基本的に一案です。もちろん、全体の方向性とか、どのイラストレーターに頼むかといったようなことは事前に打ち合わせますけどね。

読むことで、著者の想いや体験を実感して内面化します。例えば、著者がナカムラさんだったら私なりにナカムラさんになりきって、本の内容を実感する。半ば作家になったようにイメージするわけです。そうすることで、逆に自由になれます。

武政:本の内容が「制約」ではなく、「自由」になるんですね。

鈴木:結局、私は本来的に自由なアーティストではないんです。あくまでも仕事でブックデザインをやっていて、私のアートを全うしたいわけではない。

自分の芸術を全うしようとすると、自己との戦いになるじゃないですか。自己言及的な。そうなるとアーティストになってしまう。そうじゃなくて、私がやる表現というのは、原稿の中にぜんぶある。読むことで逆に表現の自由を得ているわけです。読むことで、ある種俯瞰する位置、高みから装丁の着地点を自由に選択することができる。

武政:浮かばない時はありますか?

鈴木:原稿を読んでもわからないときは、苦しいです。例えば今、『フィネガンズ・ウェイク Ⅰ・Ⅱ/Ⅲ・Ⅳ』(著・ジェイムズ・ジョイス 訳・柳瀬尚紀/河出書房新社/2024年7月29日発売予定)の新装版をデザインしているのですが、原稿を読んでも意味がわからない(笑)。こうなるともう、アイデアが浮かばないからお手上げ、拙い私の自己表現にせざるを得ないですよね。難解な読んでもわからない哲学本など、できたら避けたいところです(笑)。

『フィネガンズ・ウェイク I・II』/ ジェイムズ・ジョイス
(河出書房新社/2024年7月29日発売予定)

武政:タイトルはデザインにどう影響するのでしょう?

鈴木:タイトルはいちばんの個性です。タイトルが表す意味の、その見せ方が、本の個性を引き出すいちばんのきっかけになります。その本が何なのか――なぜ今出すべきか、狙い、コンセプト、意義といったことが込められている。編集者はそれをいちばんよく知っているわけです。事前の打ち合わせなどで、そのタイトルに行き着く理由を率直に語ってもらうのが装丁への近道になります。

その情熱次第で、こっちも「覚悟を決めてやらなきゃ」と気が引き締まる。

武政:編集者の熱量が大事。

鈴木:編集者の熱量は、やっぱりわかります。「ああ、これは勝負を仕掛けようとしている企画だな」とか。逆に仕事っぽくやっている人を見ると、「これはきっと会社から振られた仕事なのかな」「付き合いで出す企画かな」という裏事情も、まあ透けて見えます。

それを聞いたうえで原稿を読む時間をもらって、そこからの情報と統合して「これしかない」という方向性を出します。

武政:最近は、原稿を一切読まないブックデザイナーさんもいると聞きます。

鈴木:よくできるなぁ。きっと、タイトルや編集者の説明などで要点をつかんでデザインしていくんでしょうね。そういうやり方だと逆に、少ない情報から自分なりの解釈ができるという意味での自由はあるのかもしれない。世界観に浸かって内側から解釈するか、離れて外側からやるか――どっちがやりやすいかってことなんでしょう。私はその本の世界観にどっぷり浸からないとできないんですよね。だからまず、徹底的に読みます。

先日、600ページ超・本文二段組のエンタメ小説の装丁を手掛けましたが、まず「なんでこんなに分厚い本を出すのか?」ってこと自体が不思議じゃないですか。その理由は読まないとわからない。本の装丁っていうのは、まず原稿を読んで、編集者と所感を共有したうえで成り立つものじゃないかなと思うんですよね。

表紙の題字は「読む」ではなく「見る」もの

武政:文字をどう選んで使うかは、書籍という商品のデザインにおいて大事な要素だと感じます。

鈴木:本文のフォントは、写植の時代にはモリサワ、写研、リョービくらいしかありませんでしたが、今は100倍くらいのバリエーションがあります。その中で今、私が使っているのは10種類くらいかな。それぞれ個性があるので、原稿を読んでいちばんしっくりくるものを選びます。

例えば、ノンフィクションなら活字っぽいもの。小説ならやわらかかったり、キリッとしていたり、格調高かったり、内容に合わせて。エッセイならくだけたゴシックといった選択もあります。

見出しの立て方にもいろいろなバリエーションがありますが、ここはとくにビジュアルに訴える選び方をします。やわらかい、ゴツゴツしているなどですね。これも内容に合わせて選択していきます。

武政:カバーも、内容に合わせて?

鈴木:カバーはさらに解釈を徹底させます。その延長線上で、既存の書体でうまく表現しきれないものは作字をします。例えば、既存のものを細らせて、ぼかすとか。文字をにじませて、ちょっとおぞましさや猟奇的な雰囲気を出すとか。文字に穴を開けたりもします。

『女は見えない』 / 西村紗知
鈴木成一さんが手掛けられた作品の一つ

武政:本の個性に合わせて、文字もデザインされるんですね。

鈴木:表紙の書体は、「読む」というより「見る」ものなんです。その「見る」部分で本の性格を表現しなければいけないので、ベースになる既存のフォントでも、そのまま使わず加工することが多いです。

場合によっては、その流れで帯にも同様の処理をします。これを既存のフォントでやると、パッと見て違和感があって印象を弱めてしまうような時は、切ったり貼ったり、あえてノイズを入れたり、その世界観を強化する。

もう、「絵」ですよね。表紙におけるタイポグラフィーは「絵」として見てもらうものと考えています。読むと同時に見ているわけで、純粋に視覚的に本の個性を与えるわけです。

多色刷り、雑誌的なレイアウト……多様化する中面デザイン

武政:中面のデザインについての考え方も気になります。

鈴木:最近は1色刷りのシンプルなデザインだけでなく、蛍光色なんかを取り入れた派手なデザインも増えています。自己啓発本とかだと、もう2色以上が当たり前になっているかもしれませんね。1色刷りの読み物で育った世代からは、「誌面がカラフルすぎて、文字に集中できない!」「余白がなくてキツい」なんて声も聞きます。

たしかに「こう読め」とレールを敷かれているみたいな感じですよね。ただ、雑誌とかに慣れている世代からすると、カラフルだとパッと見でわかりやすいというのがあるんじゃないかな。

武政:Webの影響も?

鈴木:どうなんだろう。あるかもしれませんね。“つまみ読み”ができるとか、開いたときにパッと気づいてくれるとか、視覚的にわかりやすそう、やさしそうとか……たしかにWebの影響を受けている気もします。びっちり整然と文字だらけだと、もう誰も買わなくなるかもですよね。

武政:「いい中面デザイン」とは?

鈴木:やはり中面も作品ではないので、読むのに邪魔になってはしょうがない。技巧的にすごく凝った、デザイナーの自己主張でしかない複雑な組はやはりマズい。

ただ、若い人向けの本だったら色で抑揚をつけてにぎやかにしたりもするから、本の内容によりますね。世の中の消費スピードがどんどん速くなっているから、その中でどう本を読ませるかが試されている気はします。

1000種類超の紙の中から「本の個性」を選び取る

武政:読者が触る、手に取るインターフェースとなる「用紙」選びもブックデザインの仕事になるんですね。

鈴木:用紙はもう、1000種類くらいあるんじゃないですか。用紙メーカーは食品や日用品のパッケージなどにも紙を卸していますから、キラキラの紙とか、透ける紙、模様の浮かんだ紙、穴が開いたレースのような紙など、選択肢だけはありますね。ただ、予算や再現性の問題で実際に使う紙は絞られてはくるのですが。

インターネットが生活の中に入ってくる以前、1990年代前半は、用紙メーカーが本当にいろいろな紙をつくっていた。ただ、在庫を抱えるわけにはいかなくなってきたという実情があって、最近は売れない紙はすぐ廃盤にして、どんどん種類を減らしています。今は当時に比べて、3〜4割減ったんじゃないかな。

武政:世知辛い。

鈴木:逆に見返しによく使われるタントという紙は、まるで狂ったように色数を増やしています(笑)。暗い色から明るい色、ヴィヴィットな色まで、用紙見本は壮観そのもの。タントだけで200色あります。この紙はコンセプトがはっきりしていて、色を体系化させることで紙の個性にしている。普通の紙は多くても5~10種類くらいだから、これも生き残りをかけた見事な戦略だと思います。

武政:鈴木さんの、用紙に対するご知見がすごいです。

鈴木:用紙のヒキダシを増やすために、複数社の用紙メーカーさんや箱屋さんから定期的に見本をもらっています。まあでも、今は特殊で高価なものは使おうとするとすぐダメ出しがきちゃう(笑)。

用紙代が高騰していますからね。出版社によっては、企画によってAパターン、Bパターンなどと選べる紙のランクが決まっているところもあります。

本文用紙も、選べるのは20~30種類くらいかな。だいたいは版元の都合に合わせます。

武政:種類だけでなく、厚さもいろいろあります。

鈴木:分厚い辞書の中身をイメージしてもらうとわかりやすいと思うのですが、ペラッペラだけど強度のある紙ですよね。通常、本文は0.1~0.15mmくらいの幅でページ数に合わせて微調整します。

もちろん、薄いほうが紙の値段は安いけど、かといってあまり貧相になってもしょうがない。とはいえ分厚いとごわごわしてページをめくりにくいので、本自体の厚さも考えながら、ちょうどいいあんばいで検討します。あとは、上製(厚表紙)の芯ボールの厚さもいろいろある。こちらも1mmから、合紙して4mmくらいにまで調整したりします。

紙を選ぶのは、本当に悩むんですよね。下手すると、紙だけでその本の個性を表現できてしまう。さらにその紙に対してどういうビジュアルや文字を乗せるか……、悩ましいかぎりですね。

武政:その本の厚みや、どの紙を選ぶかも、装丁の答えの一要素となる。

鈴木:はい。だから、紙を選ぶのは本当に大変。しかも、まだこちらのアイデアが生半可な状態で、「定価を決めたいから資材を先に決めてください」などと言われると内心穏やかじゃなくなる(笑)。不当に早々に急かされているようで。

武政:たしかにブックデザインのプロセスを考えたら、変な話です。

鈴木:変ですよ。本来、絵とタイトルと書体、それを盛る紙は、同時に湧き上がってくるはずなのに、常に用紙を先に決めろと……。私は必ず束見本を取るので、それもあるかもしれませんが。あらかじめ束見本を取ることでデザインが方向づけられることもあったりするものだから、仕方ない。

とにかく紙は大変。もう、本の存在そのものにかかわるものだから。それによってだいたい性格が決まっちゃうと、私は思っています。

『不便なコンビニ』 / キム・ホヨン
鈴木成一さんが手掛けられた作品の一つ

本は「立体物」としてデザインする

武政:過去に鈴木さんは「でき損ないの表紙を見ることで新たな発見が得られる」と語っていらっしゃいました。

鈴木:デザインができるとプリントアウトして確認するんですが、机の上に並べてしばらく時間を置いてから改めて見ると、発見があったりするんです。まだ完成はしていないんだけれども、その本の個性の片鱗というか、装丁の意図がはっきりしたりすることがある。束見本に巻いて、本を立たせて矯めつ眺めつ(ためつすがめつ)します。「この本はこの態で生きていけるか」「世に在らしめてよいかどうか」を試している感覚ですね。世界に慣らしていくというか。

武政:本はその姿で生きていくわけですものね。

鈴木:デザインを画面上で見るのと、出力したり巻いたりしたものとでは、ぜんぜん印象が違います。平面じゃないですから。グラフィックといえども立体物なわけで、実物を眺めてみないとわかりません。

武政:出力確認は、編集者も絶対にやったほうがいいと。

鈴木:書店に持っていって置いてみて、写真を撮ってきたりする編集者もいますよ。どうですか鈴木さん、とか言われて(笑)。何かを突きつけられたような気分になるけど、地味だったりするとわかるじゃないですか。ああなるほどね、と。現場で戦える商品かどうかということですよね。

(構成:吉原彩乃/編集者 撮影:矢口亨/Photographer)


鈴木成一 (すずき・せいいち) / ブックデザイナー

1962年北海道生まれ。筑波大学芸術研究科修士課程中退後、1985年よりフリーに。1992年(有)鈴木成一デザイン室を設立。1994年講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。エディトリアル・デザインを主として現在に至る。筑波大学人間総合科学研究科、多摩美術大学情報デザイン学科非常勤講師。著書に『装丁を語る。』『デザイン室』(以上、イースト・プレス)、『デザインの手本』(グラフィック社)。

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