45歳まで食べていくのがやっと…『コーヒーが冷めないうちに』原作者・川口俊和さんがやりたいことを貫いて掴んだ幸運
日本で2018年に映画化された小説『コーヒーが冷めないうちに』のシリーズ6作目『愛しさに気づかぬうちに』が9月25日に日本で発売となりました。2015年12月に1作目が登場してから約9年。日本ではシリーズ累計140万部、世界で500万部を超え、ハリウッド映像化も控えるほど、世界中から注目される人気作品です。
3日連続で著者の川口俊和さんにその裏側を全てお聞きするインタビュー。中編をお届けします。
◎第1弾はコチラ
(聞き手・構成:田中里加子 サンマーク出版PR戦略室)
◼️自己否定で苦しんだ30代
――SNSで見つけた『コーヒーが冷めないうちに』シリーズ(以下、コーヒーシリーズ)の感想の中で、「この本を読んで、今やらなかったら後悔するかもしれないから、今を生きるようになった」というものがありました。川口さん自身は、本を書いたことでそういう変化はありましたか?
ありました。30代の頃までは自分の私生活を充実させることを、無駄だと思って我慢していたんです。無駄、というと語弊があるかもしれないのですが、自分のやりたいことを我慢する、その我慢した結果が成功に繋がるという風に考えていました。
これって自己否定なんです。自分のやりたいことを否定して、どんどん追い詰められて行ったのが僕の30代でした。でも、追い詰められているとやはり余裕がないんですよね。自分のやりたいことはやっちゃいけないと我慢しているのに、自分が目標としているものも達成できていないし、芝居でも食べれてないし、お金にも苦労してるし、という状況下で、苦しい時間も長くありました。
――小説家になる前は、主に演劇をやっていらしたんですよね。
はい。劇団で脚本と演出をしていました。演劇で食べていくことは本当に大変で、2週間で200円しか使えないような時期もありましたし、小説家になるまでは、風呂なしの3畳のアパートに住んでいました。
もともと僕が脚本を書いて演出した舞台『コーヒーが冷めないうちに』を、担当編集者の池田るり子さんがたまたま見にきてくれて、「この舞台を小説にしませんか?」と声をかけてくださったことがきっかけで、小説を書くことになりました。僕が40歳の時です。
◼️好きなことをやる時間を作るほうが効率はいい
――では、そこで大きく生活が変わられたんですね。考え方にも変化があったのでしょうか?
そうですね。今を生きようと思った、という話に戻ると、小説家になって少し生活に余裕が出てきたときはもう45歳あたりで、今後、意欲的に動ける時間というのは限られてきているわけだから、やりたいことがあるんだったらやっておこう、というふうに考えられるようになりました。
それでやってみたら、好きなことをやる時間を作るほうが創作活動の効率がよくなると気づいたんです。
――きちんと休むことによって、書くことがうまくいく?
僕は、プロットを立ててその通りに小説を書いていくというタイプではなく、どちらかというとひらめきタイプなんです。だからこそ、描けるかどうか、ひらめくかどうかが、心の状態というか精神状態にすごく影響を受けるんです。だから、好きなことをやって精神状態をいかにいいところにもっていくのかが大事だということに気づきました、そのほうが書けるようになりました。
――反対に、こうすると小説が書けなくなってしまう、ということはありますか?
僕はスマホのメモ機能で小説を書くので、スマホが手元にないと書けなくなりますかね(笑)
――スマホで!?
はい、どこに行っても書けるし、思いついた時に書けるので。でも、海外でその話をすると「そのスマホを絶対に無くさないで!」とか「バックアップを取っているのか!?」などとすごく心配されてしまいますね(笑)
他には、完璧主義が出てしまうと書けなくなってしまう状態になることがあります。僕は子供の頃から完璧主義で、自分がいいと思うものしか、人に見せたくないタイプだったんです。
小説も同じで、一行書いたら、次に進む前にその一行を完璧にしたい、書いたものをその時点で完璧にしたいんです。でも、もちろん技術が追いつかないから、完璧なものなんて書けないわけです。そのせいで進まなくなっちゃうことが何度もありました。
◼️完璧主義だった自分が完璧にやるのをやめた
――多くの方が、「わかる……」と頷いているように思います。でも、コーヒーシリーズはこれまで6冊の作品を書き上げていらっしゃいますよね。そんな時はどうするのですか?
「最後までとりあえず書き切る」ことだけを目標にします。まさに第6巻の『愛しさに気づかぬうちに』を書いていたとき、作品自体は4話オムニバス作品なのですが、そのうちの2話目が完成してから、3話目を書きあげるまで半年空いてしまいました。3話目の最初の3行がどうしても書けなくなってしまった。これは多分、完璧主義のせいなんです。
小説を書かなきゃと思いつめたせいで、自分のやりたいことがやれていなくて、プレッシャーもある。それでストレスを溜めてしまって、自分の抑えていた完璧主義の部分、悪いところが出て来てしまったんですね。
――そんな時、どうやってスランプを脱出されるのでしょうか?
とりあえず、大好きな沖縄にフラッと行って、海を見ていたら、ちょっとストレスがなくなったんです。そして、とにかくもう「完璧にやるのをやめよう」と思ったんです。
そこで、3話目の1行目をとりあえず「街の雑踏。誰かが歩いてる。」という風に箇条書きで書いていきました。本当なら箇条書きじゃなくて、もっと読者の目に浮かぶような、うまい表現で書きたかったんです。僕の頭の中では動いているものを、もっと表現したかったんです。でも、それを突き詰めていると進まなくなってしまうから、まずはざっと言葉にして、後は振り向かない。また後で書こうと決めて、それで3行書けた。もう修正はしない。そういうやり方にしたら、やっと書きすすめられるようになったんです。
完璧主義であるのはやめよう。箇条書きでもいい。後で書き直すとかでいい。とにかく、見えているけれど書けないところは飛ばすというふうにしました。着地点はとにかく最後まで書くこと。そこにたどり着いたんです。
その後も、途中でも止まりかけてしまうこともありました。でもその時も、「これは後で考える」とメモしてそのまま進めたりとか、うまく書けない部分は箇条書きにして、とにかく立ち止まらずに書き進めていく。そうしているうちに、ようやく自分の小説を書いていた感覚が戻ってくるという経験をしました。
――世界で500万部も読まれている作家さんが、そんなに苦しみながら書かれているということに驚きです。
毎回、悩みながら書いています。先ほど話した完璧主義をやめて書き上げた原稿も、読み返したらとんでもない出来でした(笑)。完成度としては、完璧主義の僕にとって、もう二度と見たくもないほど悪い。でも、今いちばん優先順位が高いのは書き上げることだったから、これでいいんだっていうふうに、完璧主義から優先順位を変えていくことができました。
◼️過去と今と未来が繋がる、それが「生きよう」と思える瞬間
――TikTokでこんな感想を見つけました。「この本は、自分の人生を最大限に生きたいと思わせてくれる」。川口さんにとって、「生きよう」と思える瞬間はどんな時ですか?
自分がやりたいと思っていることに共感を得られた時ですかね?例えば自分が面白いと思っていることを面白いと言ってくれる、「一緒にやりましょう!」となってくれる。そんな時、「頑張ろう」という感情に近いのですが、自分の中に生きる活力がわいてきます。
僕はほとんど欲がないんです。欲しいものがあるわけではないし、どうしても美味しいものが食べたいわけでもない。だから、本当に時々「何のために生きてるんだろうな」って思うときが不意にあるんですよね。
だから、不意に1人で思っていたことに共感を得られることができたら、それが僕にとっての生きていく力になるなと思います。もしもその読者の方にとって、それが僕の本だとしたら、そういう風に思っていただけるのはすごくありがたいことだなと思います。
――「自分の人生を生きよう」と思った読者さんたちは、一体何をこの本から受け取ったのだと思いますか?
僕自身がそこに至っているか不安に思うところもあるのですが、きっと、本を読んだ瞬間、本の中のとある一行に出会った瞬間に、過去の出来事を「こう捉えればいいんだ」と気づいてくださったのではと思います。そしてその気づきが、次の段階として「生きよう」に変わるのではないでしょうか。本がきっかけで、自分が今からどうしたらいいかに気づいたということかなと思います。
気づきは「生きててよかったな」で、「生きよう」は希望だと思うんです。過去と今と未来が繋がるという瞬間、それが「自分の人生を生きようと思った」ということなのかなと思います。
◼️最初は128人のお客さんに見せた作品だった
――川口さんは自分の生き方をどこで見つけたのでしょうか?
いちばん影響を受けているのは漫画からだと思います。僕はストーリーではなくキャラクターの生き様、そのキャラクターが何を大事にしているのかという部分を注視して読み進めていきます。キャラクターでいうと、僕はブレない人が好きです。周りにどんなに可能性がないと言われても、自分が信じていることを貫く。そういう人に憧れますし、そういう風に生きたいと思うようになりました。特に『エースを狙え!』の宗像仁という人に憧れています。
――今、こうして世界中の方に愛される作品を川口さんは書かれている。よく「すごく幸運だった」とご自身でおっしゃっていますが、なぜその幸運が自分に起こったと思いますか?
それは……全然わからないです、本当に。『コーヒーが冷めないうちに』を演劇の舞台で初めてやったときは、純粋に「その舞台に立つ俳優さんたちを魅力的に見せたい」という想いだけでやっていました。その時の公演はお客さんが128人しか見ていなかったし、最終的には赤字でした。当時、とても貧乏だったので、正直本当に大変な思いをしました。
でも、僕は、それでもこの舞台をやりたかったんです。だから、自分のやりたいことを突き詰めていくと、こういった幸運なことが起きるのかもしれないですね。
第3弾は明日9月27日公開です!
【プロフィール】
川口俊和(かわぐち・としかず)
大阪府茨木市出身。1971年生まれ。小説家・脚本家・演出家。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞 2017にノミネートされ、2018 年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』 を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。