見出し画像

あなたはタンパク質の量を気にして食べていますか

他の動物に比べて人間だけが食べすぎている――。
 
シドニー大学の世界的栄養学者2名が「人類の食欲の謎」に迫り、「人類に取って重要な書」と世界中のアカデミアから絶賛されているのが『食欲人』です。本書では、私たちが「タンパク質欲」を満たすために食べているという本能のしくみを明らかにしています。
 
そもそもタンパク質とは、炭水化物、脂質と並んで、生物にエネルギーを生み出させるための栄養素の1つです。食品でいうと卵、肉、豆などに多く含まれていますが、たとえばお米やパンなどにも少量のタンパク質が含まれています。
 
人間が食べすぎてしまうのは、食事中のタンパク質が足りてない時です。タンパク質が少ないと太るまで食べ続けてしまうのです。どちらかといえばカロリーの量よりもタンパク質の量に注意しなければならないのです。
 
一方で、人間にはタンパク質の過剰摂取を避けようとする本能もあります。どういうことでしょうか? 本書から一部抜粋、再構成してお届けします。

『食欲人』

タンパク質が食欲に「フタ」をする

 私たちは、人間の肥満の謎を解き明かす重要な手がかりを見つけたかのように思われた。ただ食事のタンパク質比率を高めるだけで、そのほかの栄養素の摂取が減り、肥満や糖尿病、心臓病、そのほか肥満関連の健康障害のリスクが下がるのだ。

 だがもしそうだとしたら、なぜ自然はタンパク質欲に上限を設けたのだろう? 何かが腑に落ちなかった。

 タンパク質不足の何が問題かは、いうまでもない。タンパク質は身体の構築・維持・修復と繁殖に欠かせない窒素(ちっそ)の主な供給源だ。十分なタンパク質がなければ生きていけない。

 だがなぜ人間はタンパク質の過剰摂取をこれほどまでに(高タンパク質食では、食べる量を体重維持に必要な量より減らしてまで)避けようとするのだろう?

 もちろん、減量は多くの現代人にとって歓迎すべきことかもしれないが、人類史全体を通して見ればけっして望ましいことではない。むしろその逆で、人間にとってはいかに生存に必要なだけの食料を得るかが問題だった。

 体重減少を確実に招く食べ方をするなど、自殺行為だった。

北極で起きた「タンパク質中毒」事件

 私たちの食欲は、まるで「タンパク質を過剰摂取するくらいなら、エネルギー枯渇のリスクを負ってでもカロリーを過少摂取したほうがいい」と伝えているかのように思える。

 これだけをとっても、タンパク質の過剰摂取には何か非常に望ましくない影響があることがわかる。タンパク質欲のような高度に調整された制御機構が、偶然に進化することはあり得ない。生存と繁殖の役に立たない特性は次第に衰え、やがて失われるのが進化の鉄則だ。

 それに、タンパク質の大量摂取が体に悪いという証拠もある。「ウサギ飢餓」と呼ばれる現象がその1つだ。

 これはウサギを餓死させるという話ではない。アメリカの探検家アドルファス・グリーリーが指揮した、1881年から1884年の北極探検での教訓である。科学研究のために北極に遠征した25人の隊員のうち、19人が命を落とした。

 ウサギ肉は脂肪分が極端に少なく、羊肉の28%、牛肉と豚肉の32%に対し、わずか8%ほどだ。残りはタンパク質で、炭水化物はほとんど含まない。

 毎日ウサギ肉だけを食べていると、脂肪と炭水化物に対するタンパク質の比率が非常に高いせいで、たちまちタンパク質中毒に陥る。これはほかの2つの主要栄養素の摂取に比べてタンパク質の摂取が極端に多いときに起こる、まれな栄養障害である。

 北極探検家のヴィルヤルマー・ステファンソンもタンパク質中毒を経験し、次のように書いている。「ウサギを食べる者は、ビーバーやヘラジカ、魚などのほかの食料源から脂肪を得ていない場合、約1週間で下痢を起こし、頭痛、倦怠感、不快感を生じる」

人間が「共食い」をした

 もちろん、この破滅的な北極探検の間、ウサギ肉(やそれ以外の食料)が豊富にあったわけではない。

 ステファンソンによれば、グリーリー探検隊員のタンパク質中毒は、食料が枯渇したあとの隊員同士の共食いによるものだったらしい。生存者たちがそこまで切羽詰まった頃には、彼らの体はウサギ肉と変わらないほど体脂肪が減っていたはずだ。少なくとも、そう伝えられている。

 チャールズ・ダーウィンも『ビーグル号航海記』の中で、タンパク質に対し十分な量の脂肪と炭水化物を摂る必要性を説いている。

「ここ数日間は、肉以外のものを何も口にしていない。この新しい食事を嫌うつもりはまったくないのだが、激しい運動をするときでなければ、とても食べられたものではないと感じる。聞くところによれば、イギリスの重病患者は動物性の食事に限定された場合、たとえ生き延びる希望が目の前にあったとしても、それを食べ続けることはできないそうだ。

なのにパンパスのガウチョ人は、私たちと生活をともにしている数か月の間、牛肉以外のものを一切食べていない。だが私の見たところ、動物質の成分がそれほど高くない、脂肪を大量に食べている。彼らはアグーチなどの干し肉をとくに嫌う」

 とはいえ、人間のタンパク質の摂取ターゲット(総摂取カロリーの約15%)は、この症状を引き起こす水準の40%から50%にはほど遠い。

 したがって、摂取ターゲット以上にタンパク質を摂ることに何らかの悪影響があったとしても、それは重度の下痢や死ほど深刻なものではないはずだ。

脂肪を食べない動物は「数」が減る

 動物種の中には、タンパク質比率の高い食餌に耐性をもつだけにとどまらず、それを必要とするよう進化した種もある。つまり、多量のタンパク質を摂取することの弊害が何であれ、それは進化によって長い年月をかけて克服され得るということだ。

 私たちはネコ、イヌ、クモ、ムシを含む多様な捕食動物種で実験を行い、これらの動物が、人間のわずか15%に比べ、カロリーの30%から60%をタンパク質のかたちで摂取する必要があることを示した。

 これはもちろん、不思議でも何でもない。これらの動物種は、タンパク質が豊富なほかの動物を主に捕食するよう進化したのだから。

 しかし捕食動物でさえ、環境が許す場合はターゲット以上にタンパク質を摂取することを避けるし、また食餌中のタンパク質比率が高くなりすぎれば、脂肪を激しく渇望するようになる。脂肪が不足すると、捕食動物の生息個体数が激減することがあるからだ。

 この一例は、北大西洋の海鳥の個体数に見られる。過去数十年間の海鳥の個体数の急減は、乱獲により海鳥の餌である脂肪分の多い魚の数が大幅に減少したせいである。そのため海鳥は、脂肪分がより少なく、タンパク質がより豊富な獲物種を食べるしかなくなり、飛行や渡りに必要なエネルギー貯蔵を維持できなくなっているのだ。

<本稿は『食欲人』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

【著者】
デイヴィッド・ローベンハイマー(DAVID RAUBENHEIMER, PhD)
シドニー大学生命環境科学部栄養生態学教授およびチャールズ・パーキンス・センター栄養研究リーダー。オックスフォード大学で研究員および専任講師を10年間務めた。世界中の大学や会議で講演を行っている。スティーヴン・J・シンプソンとの共著に『The Nature of Nutrition: A Unifying Framework from Animal Adaptation to Human Obesity』(未邦訳)がある。シドニー在住。

スティーヴン・J・シンプソン(STEPHEN J. SIMPSON, PhD)
シドニー大学生命環境科学部教授およびチャールズ・パーキンス・センター学術リーダー。主な受賞歴に王立昆虫学会ウィグルスワースメダル、オーストラリア博物館ユーリカ賞、ロンドン王立協会賞、オーストラリア勲章第二位など。イギリスやオーストラリアのメディアやテレビにたびたび取り上げられている。

【訳者】
櫻井 祐子(さくらい・ゆうこ)

Photo by Shutterstock

◎オススメの記事


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!