見出し画像

「太っていないから糖尿病の心配はない」は誤解…日本人に推奨される食事が実は健康的ではないという現実

ランチで「ライス大盛り」を頼み、お腹いっぱい食べる――。なんとも幸せなひとときですが、その後に眠気を感じてしまっていませんか?

それも睡眠不足や過労、睡眠時無呼吸症候群などの要因が思い当たらないならば、糖尿病をはじめとする重い病気の連鎖の入り口へと駒を進めている可能性があります。

警鐘するのは『糖質疲労』(サンマーク出版)の著者で、医師/北里大学北里研究所病院院長補佐 糖尿病センター長の山田悟さん。前編(食後やたら眠い人は要注意…糖尿病からの病気連鎖を招きかねない「糖質疲労」の正体/9月14日配信)、中編(「唐揚げ+マヨネーズに罪悪感はいらない」油を控える食事が健康にいいと思い込んでいる人の大誤解/9月15日配信)に続く山田さんのインタビュー後編をお届けします。

(聞き手・構成:武政秀明/Sunmark Web編集長)


血糖異常は太ってない人でも起こる

――山田さんが警鐘を鳴らしている「糖質疲労」の先にある糖尿病は「高齢者とか太っている人の病気だ」という印象を持っている人も少なからずいます。

山田悟(以下、山田):日本で日本独自のメタボリックシンドローム(メタボ)の概念があまりにも広まっているからでしょうね。

厚生労働省が定義するメタボの診断基準は「ウエスト周囲径(おへその高さの腹囲)が男性85cm・女性90cm以上でかつ血圧・血糖・脂質の3つのうち2つ異常が基準値から外れた」状態です。ウエスト周囲径が必須の項目になっているため、逆に太ってなければ血糖、血圧、脂質の異常は起こっていないと誤解されている面があるということです。

世界的なメタボの診断基準では、ウエスト径はあくまでも診断基準の一つであって、必須項目ではありません。実際、太っていない人の中にも血糖異常になっているケースは意外と少なくないんです。実は私自身がそうでした。

――え? 山田さんはとてもスマートな体型ですし、意外です。

山田:血糖値の変動が持続的にわかる「リブレ®」という医療機器が2018年ごろに登場したのですが、それで初めて食後血糖値を自分で測ってみたら正常範囲の140mg/dl未満を大きく超えていました。糖尿病が専門の医者でさえ、自分がメタボリックドミノの入り口にいることに気づかなかった。

痩せていても運動していても揚げ物を食べるのを控えていても雑穀米を食べていても、食後に血糖値が急上昇する「食後高血糖」とその後急降下する「血糖値スパイク」という血糖異常を避けられているわけではない。太っていなくても、睡眠不足や病気以外の要因で食後に眠気を感じている人は要注意なので、ぜひ本書『糖質疲労』を手に取ってみてほしいです。


日本では糖質過多の食事が推奨されてきた

――本書『糖質疲労』には健康にいい、あるいは逆に悪いと思われていた食事法の数々が、実はことごとくそうではなかったという事例が、確かな科学的根拠(エビデンス)をもとに書かれています。そもそも誤った概念がたくさん広まっているのはなぜなのでしょうか。

山田:「バランスのよい食事」と称して、糖質過多の食事が推奨されてきたという現実があります。

日本では厚生労働省が日本人の食事摂取基準を定めていて、最新の2020年版は「炭水化物50〜65%、脂質20〜30%、たんぱく質13〜20%」がいいバランスであるかのように記載されています。一方、欧米のガイドラインでは、万人にとってベストの栄養素比率は存在しないと明記されているんです。

日本人の食事摂取基準のバランスは非常に「いいかげんに」取り決められています。

まず、たんぱく質は2018年に35%でも問題なかったという論文があって、それを引用しているのにもかかわらず、20%以上食べると腎臓に負担がかかる懸念が残るという2013年の論文を引用して20%が上限とされています。

――たんぱく質の比率を上限20%にする根拠はない?

その通りです。次に脂質ですが、日本人では飽和脂肪酸(動物性油脂)の摂取量が多いほど脳卒中が少ないというデータがあるとしておきながら、世界的に飽和脂肪酸を減らしたほうがいいと言われているという流れを受けて7%を上限にするとしています。それも、そこには何の根拠もなく日本人の中央値が7%だからという理由なんです。

さらに、飽和脂肪酸を7%以下にするためには脂質全体を30%以下にしなければならないとして、脂質全体の上限を30%にしているのですが、飽和脂肪酸7%が脂質全体で30%になるという根拠もありません。飽和脂肪酸が含まれない一価不飽和脂肪酸で構成されるオリーブオイルを料理にたくさんかけた場合、脂質全体の比率が上がる一方で、飽和脂肪酸の比率は下がります。

「バランスの良い食事」を守ろうとするほど糖質疲労に

――飽和脂肪酸の上限が7%だから脂質全体の上限が30%となるという理論はそもそも成立しないと。

山田:その通りです。最後に炭水化物(糖質)ですが、100%からたんぱく質と脂質を引いた50〜65%とされています。でも、全体からたんぱく質と脂質を引き算して炭水化物(糖質)の比率を設定するという考え方は、炭水化物の過剰が問題になるのは糖尿病の人に限定されるからであると書いてあります。しかし、当然、糖尿病になる前の食後高血糖の人もこうした引き算の考え方を当てはめてよいわけはないわけです。結果として、多くの日本人にとって糖質が過剰気味になる。60%の糖質をとらなければならないとすると、たんぱく質と脂質によるブレーキ作用が足らずに血糖値はより上がりやすくなる。

糖尿病だけでなく空腹時血糖異常となっている「糖尿病予備軍」、検診では空腹時血糖異常はなくても食後高血糖が正常範囲の140mg/dlを超えている「糖質疲労」を感じている人は、糖質を控えめにするべきで、炭水化物の比率が50〜65%であっていいはずがない。

つまり、一般的に推奨されている「バランスの良い食事」を律儀に守ろうとするほど、糖質疲労を起こしやすくなっているんです。

――世間一般的にこれまで言われてきたことや信じられているようなこととは違う話ばかりで驚きます。

山田:20世紀の栄養学は「きっとこうだろう」「辛いことを我慢すればいいことが起こるだろう」というのが根底にありました。21世紀になってそれを実証してみたら、ことごとく間違っていた。

たとえばカロリー制限で考えてみましょう。タンパク質を制限するのか、脂質を制限するのか、糖質を制限するのかで全部意味合いが違ってくる。糖質を控えたときにタンパク質か脂質を増やさなかったら自ずとカロリー制限にもなります。いずれかの栄養素の摂取度合いが変動した場合に別の栄養素の摂取度合いも自動で変わる。

20世紀には糖質摂取の少ない人の中で死亡率が高いとか脂質の摂取量が時代の経過の中で増えるとともに日本人の中で糖尿病の患者が増加したとか、つまり脂質を控えると何かいいことが起こりそうで糖質を控えるとトラブルが起こりそうだというようなデータがあった。

しかし、糖質摂取の少ない人や脂質摂取量が増えていた人では、何かしら別の要因があったのかもしれません。例えば元来、糖尿病や肥満を治療しようとした人が糖質を控え、健康な人は普通に糖質を食べていたといった可能性があるわけです。

こうした関係性を交絡因子とか、因果の逆転というのですが、実際に無作為比較試験という実証研究をやらないと因果関係は見えてきません。「相関関係は必ずしも因果関係ではない」というのが観察研究を読むときの鉄則なのです。

これを21世紀になって本当にそこに因果関係があるのかを見てみたら、ことごとく脂質制限にはいいことが起こらないということがわかりました。中編記事でも少し触れましたが、これについては、「科学的根拠(エビデンス)」の信頼が最も高いレベルである「無作為比較試験」において実証されています。

――本書『糖質疲労』は基本的に無作為比較試験がある情報についてはそれを基に話を進めていて、そうでない部分については、それが観察研究であったり、動物実験であったりということを明記されていますね。

山田:私からの情報であっても、その分を差し引いてお読みいただければと思います。

脂質制限や糖質制限など食事療法についてはいろんな論説があります。ネット情報などには「科学的根拠がある」と言いながら、エビデンスレベルの低い情報に基づいているものも含まれています。医療従事者においてもエビデンスレベルをよく理解せず、情報を発信しているケースも見受けられます。情報の信頼度を判断するリテラシーを高めていただき、無用の情報に振り回されないことを願っています。

(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)

山田 悟(やまだ・さとる)
医師。医学博士。北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長。1994年慶應義塾大学医学部卒業。糖尿病専門医として多くの患者と向き合う中、2009年米医学雑誌に掲載された「脂質をとる食事ほど、逆に血中中性脂肪が下がりやすくなる」という論文に出会い衝撃を受ける。現在、日本における糖質制限のトップドクターとして患者の生活の質を高める糖質制限食を積極的に糖尿病治療へ取り入れている。著書に『糖質制限の真実』(幻冬舎新書)、『運動をしなくても血糖値がみるみる下がる食べ方大全』(文響社)など。「ロカボ」という言葉の生みの親でもある。