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「親が子どもにネガティブなことを言うのは勉強に悪影響を与えます」“ビリギャル本人さやか”が断言する理由

『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』。2013年末にKADOKAWAから出版され1年半で累計100万部に達したノンフィクション小説(通称『ビリギャル』)、有村架純さん主演の映画も大ヒットした作品です。

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話

高校2年の夏に小学4年生レベルの学力で、全国模試の偏差値30だった金髪ギャルのさやかさんが、塾講師で『ビリギャル』著者の坪田信貴さんの指導を受け、最難関レベルの私立大学である慶應義塾大学に現役合格したという正真正銘の実話。

主人公である小林さやかさんは大学卒業後にウエディングプランナーを経て、“ビリギャル本人”としての講演や執筆活動などを展開。2019年には聖心女子大学大学院へ進学し(21年3月修了)、2022年9月には米国コロンビア大学教育大学院の認知科学プログラムに留学。今年2024年5月に修了しました。

さやかさんはこの夏、3冊目となる単著『私はこうして勉強にハマった』(サンクチュアリ出版)を上梓しました。その刊行を記念してSunmark Webで恩師・坪田信貴さんとの特別対談が実現(坪田さんは海外からオンラインで参加)。日本における「勉強」の在り方や才能の正体に至るまで全3回連載でお届けします。

私はこうして勉強にハマった (サンクチュアリ出版)

(司会:武政秀明/Sunmark Web編集長)

本が読めないビリギャルが書いた「中学生でも読める勉強本」

――『私はこうして勉強にハマった』は「小林さやか」ではなく著者“ビリギャル本人さやか”として出された初めての本でもありますね。

ビリギャル本人さやか(以下、さやか):中学生でも読める勉強本をずっと書きたかったんです。自分で本を出しておいて言うのもなんですが、私は本を読むのが本当に苦手で。「マジで先が読みたい」って思った小説とか、めちゃめちゃ簡単にわかりやすく書かれている本しか読めないぐらい。その分、自分でも読めるものを書いたので、私の本はめちゃくちゃ読みやすいです。

坪田信貴(以下、坪田):今は僕がさやかちゃんのマネージャーのような役割も担っているんですが、サンクチュアリ出版さんから本が出る前は、こちらで企画を考えて出版社さんに提案したりしていたんです。これまでのさやかちゃんの実体験に、学習者なんだけど教育者でもある「ニューさやか」をプラスして、子どもさんや親御さんたちをサポートできるような本を出したいなと。

だからこの本は、まさに狙い通り、さやかちゃん自身の経験にプラスして理論を乗っけられた本なんじゃないかと。過去を振り返りながらも、未来を見据えた本が書けたのが素晴らしいなと思っています。

小林さやかさん

――文体が特徴的ですよね。話し言葉ですし。

さやか:私が今まで書いた本は全部こういう感じ。ライターさんが入れられないんです。全部自分で書いています。今回も少しだけ、サンクチュアリ出版の編集さんがついてくださったんですが、途中で「これ、さやかさんの書き下ろしで行きましょう」となりました。私が書いた原稿に、編集さんから指摘を入れてもらって、自分でリライトするっていう感じで進めました。

坪田:エッセイ本の執筆依頼もよく来るよね。

さやか:個人的にはその需要あるかな? と思うんだよね。ビリギャルって、坪田先生が書いているからヒットしたわけであって、私が書いたらヒットしないと思う。自慢話になっちゃうから。

――『ビリギャル』は坪田さんによる客観的な目線で書かれているからエンタメになっているわけですね。

さやか:自分で「私、こんなに頑張ったんです!」って言う本ってあんまり売れないと思います。だから、私はあんまり自分のことを書きたくなくて。

今回の『私はこうして勉強にハマった』は「この本では『ビリギャル』を演じてください!」というサンクチュアリ出版さんのオファーがあったので書けたんです。ビリギャルから後輩に対してアドバイスをしている形式の本なので、書きやすかったです。

坪田:もともとは、コロンビア大学に留学する前に「留学後に本を書いたほうがいいよ」って話をしたよね。

さやか:そうだね。話した気がする。

坪田:今までビリギャルの主人公としてのさやかちゃんの本を出していたことはあるんですけど、次のステップとしてどういうポジションを目指すかという中で、「『教育研究家』みたいな肩書きでやっていったほうがいいんじゃないの」という話になり、そういう本を書けたらいいねって、ゴルフ場で漠然と話したような気がします。

さやか:ビリギャルは、私が出てくる作品だけど私の作品ではないんです。映画化されてベストセラーにもなって日本中から注目してもらえるようになったんですが、タレントになる気もないし、講演家として生きていくつもりもなかったので。

それよりももっと自分自身、ビリギャルとして伝えたいことの解像度を上げたかったんです。だから、大学院に行ったり、留学したり、いろんなことをやってきた10年でした。『私はこうして勉強にハマった』は、その集大成。ビリギャルとして学んできたことを詰め込んだって感じですね。

ビリギャルの「学びの旅」の解像度・再現性を高めるため、コロンビア大学に留学

――どんな10年間でしたか。

さやか:ビリギャルだったときは、坪田先生がマンツーマンで「正しい努力」の仕方を教えてくれました。当時は成績ビリでギャルの高校2年生なので、その裏にある先生の意図は理解していなくて、言われた通りにやっていた感じで。

その後、大学に入って卒業後にウエディングプランナーをやって。そのときも理解できていなかったんですが、その後に『ビリギャル』がヒットして、いろんな人に話を聞いてもらえるようになってから、いろんなリアクションが来ました。

――例えば?

さやか:「あなたはもともと頭が良かっただけだ」とか、「あんなのよくある話だ」とか。そういう大人の声に影響された子どもたちの姿を、この10年間すごい見てきたんです。それで思うようになりました。

「なんで昔の私はああいうふうにできたのかな?」って。それで「坪田先生はなぜあの順番でやらせたのか」「なんであの時、私にこう言ったのか」ということを理解したい気持ちが出てくるようになりました。

――それが学ぶ動機になったわけですね。

さやか:はい。当時、先生が与えてくれた「学びの旅」みたいなものの解像度を高めて、より多くの人にマネしてもらえるような、汎用性の高いものにできたらと思ったんです。私自身が学ぶことって、すごく価値があるんじゃないかなと。

それで聖心女子大学の大学院で勉強して、コロンビア大学に留学して、坪田先生のアプローチがやっと理解できたというか言語化できた、というか。

――感覚的にやっていたことを理論から理解し、言語化したと?

さやか:そうです。なんとなく「あの時はすごかったな~、坪田先生のおかげでできたんだよな~」っていう感覚はあったんだけど、なぜそれが起きたのか、理論を学んでわかりました。「すげえな先生、そこまでわかってやってたんだな」と、点と点がつながって線になった感覚があったんです。

それを今回、『私はこうして勉強にハマった』に書いた感じですね。だから、私の研究テーマは昔の自分。コロンビア大学留学の2年間ずっと、「あ、マジか。え~おもろ! これ、メモっとこ!」みたいな感覚で勉強していたので、勉強しながらわかったことを詰め込んだって感じですね。

坪田先生のアドバイスを忠実に実行した10年超

――坪田さんから、さやかさんの成長はどのように見えていましたか?

さやか:ってか私、めちゃできた教え子ですよね? はっきり言って(笑)。

坪田:結果的には本当に……ありがとうございます(笑)!

今の後半のさやかちゃんの言い方って、昔のギャルっぽい感じが残っているじゃない? 一方で、少し前の話では「私たちの学びの旅を」とか「解像度高く」みたいに、言語表現を適切にやっていた。その姿が、ちゃんとコロンビア大学を出た研究者なんだな。このハイブリッド感面白いな、と思いながら見ています(笑)。

学ぶことをいかに楽しくうまく取り入れるかやったうえで、かつそこを人にどう伝えていくか。しかも、社会的インパクトをもって。そんなチャレンジをしている姿が、人から「できた生徒さんですよね」って言われた時に、めちゃくちゃ頼もしいですよね。

――自慢の生徒さんですね。

さやか:いやあ私、でもたまに思うんですよ。「坪田先生にこんなに忠実な生徒かつていたかな?」って。もう、ず~~~っと私、先生の言うこと聞いてるから(笑)!

――最近も?

さやか:そうです! だって私、英語もしゃべれないのに留学までしてるんですよ? 30歳くらいのときに「君、留学行けば?」とか、坪田先生に言われて(笑)。坪田先生、タクシーでスマホ触りながら「君、1回海外行ったほうがいいと思うよ」とか言ってきたんですよ。私はそのとき、「うわ、やっぱそうか~」って結構ガツンと来て。

実は私、ずっと、海外行ってないっていうコンプレックスが結構あったんですよね。ビリギャルのおかげでいろんな人に会う機会をいただいたんだけど、私が「うわ、この人の話おもろ~!」って思う人にはだいたい海外で過ごされた経験があった。留学とか、留学じゃなくても海外の視点を持っている人です。実際、坪田先生も海外行っていらっしゃるし。

――だからこそ海外に行ってみようと。

さやか:そうなんです。「あたし海外行ってねえんだよな~、でももう30(歳)超えてるしな~、英語できないしな~」とか、ずっと言い訳して、唯一逃げてきた道だったんで。海外行くとかけっこうハードル高いじゃないですか。仕事も日本にあるし、お金もかかるし。だから結構決断できなかったんだけど、先生に言われてたことがずっと頭の中にはあって。

そうしているうちに、コロナ禍に見舞われて、国内で予定していた講演が軒並みキャンセルになってしまったんです。そこで逆に「今しかない!」と思ったんですよね。すかさず、めっちゃ勉強しました。

「ビリギャル」誕生によるアイデンティティの危機と確立

――そんな経験も踏まえて出版されたさやかさんの新著を、坪田さんはどうご覧になりましたか。

坪田:今回、“ビリギャル本人さやか”という著者名で出版できたのは、さやかちゃんにとって大きな一歩だったと思います。

というのも、ビリギャル出版から2024年末で11年になりますが、さやかちゃんにとって最初の3~4年は流れに乗って「おお、なんだこれ。今までの自分と違うぞ」ってくらいの感覚だったと思うんです。そしてだんだん、「あれ? ビリギャルとしてしか見られなくなってる」って、アイデンティティの危機に陥って。「自分は別にそれだけじゃない。私、別に大学受験しただけじゃない。もっといろんなことをしているし、もっといろんな要素を見てほしい」って。

――「脱ビリギャル」ですね。

坪田:当然、そうしたかったと思うんですよね。さやかちゃんは、ビリギャル出版から7年ぐらいしてから苦しみ始めていました。ビリギャルを乗り越えようとしつつ、とはいえ世の中に求められているのはビリギャルであり……みたいな葛藤があったと思います。

でも、あのレベルで売れたら、僕はそこってもう抗っちゃだめだと思っていて。ビリギャルを核に一歩踏み出していくことが大事って思っていました。だから、いろいろ相談を受けたんですが、今回の本を見て「『ビリギャル本人さやか』として、ビリギャルとして生きていくんだ!」っていう覚悟を感じたんですよね。そういう著者名だった。とても象徴的だなと思いました。

さやか:そうだね。この本は、ビリギャルとして出す本。もはや作者の名前、「小林」でもなくなってるから(笑)。

――まさにビリギャルの人格で書いたわけですね。

さやか:はい。「ビリギャルを演じてください。当時のさやかさんだったら、後輩に向けてどんな言葉をかけるか想像して書いてほしい」って編集さんから言われて、目の前に悩んでいる後輩がいて、その後輩に対して声を掛けるみたいなイメージで書きました。

――想定読者はお子さん本人。

さやか:プラス大人の読者です。私と後輩との対話を、お子さんの指導に当たっている先生たちや、親御さんたちにも聞いていてほしいという気持ちで書いた本でもあります。

なぜなら、「正しい努力」の仕方を知らない大人って、学習のサポートはできないと思っていて。真剣に受験したことない人が、受験のアドバイスってできないじゃないですか。親御さんとか先生たちって、子どもたちのためを思ってはいるんだと思うけど、「そんな志望校は高すぎるからやめたほうがいい」「もっと勉強したほうがいい」みたいな、あんまりためにならないアドバイスも多くしているように思う。

それがいかに子どもたちの勉強の妨げになっているか、私が論文を読んできた認知科学の分野の話も交えつつ話しています。子どもたちに対して「こういう環境が必要だよ」「そういう接し方やめてあげて」っていうアドバイスをするより、しゃべっているのを聞いてもらったほうが刺さるかなと思って、そういう書きぶりにしてあります。

受験合格の成否を分ける「ワーキングメモリ」への呪いの言葉

――実際、親御さんからの反響はありますか?

さやか:はい、特に大人の読者にぶっ刺さってるっぽくて、やっぱり(笑)。「反省しました!」って。

例えば、本の中に「ワーキングメモリ」の話があります。いかに効率的に暗記をするかってことに皆さん興味があるんですけど、短期記憶っていう私たちの五感から入ってくる情報は、意識を向けないとすっと抜けてしまう。道でわっと目の前を通った車が何色だったか、1週間後には覚えていないじゃないですか。なんなら2分後だって覚えてない。それくらい、すぐに消えてしまう情報に光を当てるのが「ワーキングメモリ」なんですね。

――『私はこうして勉強にハマった』によれば、「ワーキングメモリとは、感覚記憶から得た情報を処理するために、一時的にその情報が置かれるスペースみたいなもの」とのこと。

さやか:例えば、授業で「坂本龍馬が〇年に〇をやった」って学んでも、光を当てて覚えようとしなければ短期記憶のまま抜けてしまう。それをワーキングメモリとして光を当てることで、何度も何度も覚えようとして長期記憶に入っていく、これが「覚える」っていう作業なんですが、ワーキングメモリはなんと容量がめちゃくちゃ制限されてるんです。なので、このワーキングメモリを受験でいかに使うかが重要なんです。

――限られた容量を有効活用するわけですね。

さやか:はい。「やっぱ俺、地頭悪いからできないかもしれない……」とか、雑念にとらわれるだけでワーキングメモリってけっこう使われてしまうんです。本来これをフル活用して勉強に当てたいところが、例えば親に「あんた、あそこのお宅の娘さん、なんか模試でA判定取れたらしいよ!」とか言われると、ちょっと心がざわざわってなりますよね?そうすると、ワーキングメモリの容量がめちゃくちゃ減っちゃうんですよ。

つまり、親御さんがよかれと思って言った言葉が、ものすごい勉強を妨げちゃうんです。だから、「マジで勉強に悪影響を与えるので、ネガティブなことを子どもに言わないであげてください!」って親御さんたちに言って回ってるの。それが親御さんたちに刺さるみたいです。

(構成:吉原彩乃/編集者、撮影:今 祥雄、編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)

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