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「1仕事1新しいを入れていく」ブックデザイナー佐藤亜沙美さんが予定調和な安全策を取らない理由

「1作品1遊び」をモットーに、常に新しい創作に向き合うブックデザイナーの佐藤亜沙美さん。その真髄は、制約を創造の源とし、本の内側から丁寧に作り上げていく姿勢にあります。そんな彼女が語る本の「装丁」への向き合い方、読者との対話、そして本づくりの哲学とは――。全3回のインタビュー中編をお届けします。

(聞き手:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)

ブックデザイナー 佐藤亜沙美

◎前編はこちら



「1作品1遊び」制約こそが創造性を高める

武政秀明/SUNMARK WEB編集長(以下、武政):佐藤さんにとって、制約とは?

佐藤亜沙美/ブックデザイナー(以下、佐藤):まず予算ですね(笑)。あとは流通面での制約もあります。例えば、日本は再販制度があるためカバーが必須のことが多いですが、作品や版元の考えによってカバーをつけなくていいこともあります。その場合はカバーをつけないことが1つの遊びにもなるので、そこを軸に考えていきます。逆に予算が限られていれば、1色でどこまでできるかを考える。そういう意味で、制約自体が遊びのポイントになるんです。

普段「タイトルは読みやすく!」と言われ続けているので、「読めないタイトル」が許容される場合は、それを遊びにできたら良いな、などとできないことを頭のなかでストックしておいて、遊べそうなときに思いっきり遊ぶ。

武政:佐藤さんのおっしゃる「遊び」とはどういう定義?

佐藤:19歳の頃から続けているのが「1仕事1新しいを入れていく」という考え方です。何でもいいんです。例えば「緑の箔って使ったことがないな」とか。緑の箔が似合う作品って本当に少ないんですが、町田康さんのパワフルな言葉なら合うかもしれないと思って使ってみたり。

あとは、使ったことのない書体を使ってみるとか。ブックデザインの師匠である祖父江慎さんの「ダサいものはよりダサく」という名言があって、ダサいものを隠すほどダサくなるけど、ダサいを強化することでかっこよさに変わるとか。そういった具合に、とにかく1つは新しい要素を入れるようにしています。

これをしないと自己模倣が始まってしまう。前にうまくいったからそれでいこうとなると、手癖で仕事をしてしまいかねないので。自分自身の新陳代謝のために、誰に気づかれなくてもいいから、必ず新しい要素を入れる。それが私の中での絶対的なタスクになっています。

武政:その「新しい」アイデアはどうやって貯めているんですか?

佐藤:まず、これまでの作品で使えなかったプランを大切にストックしています。「このときは使えなかったけど、いつか使えるかも」というものを。あとは常に情報収集をして、「この箔がいいな、この紙なんだろう」とか、スクリーンショットを撮ったり、メモを残したり。

書体に関しても、年代やデザイン性でブロック分けして、「まだここは試していないな」という隙間を探すんです。確固たる作風のあるデザイナーさんもいらっしゃいますが、私の場合は常に新しいことを試していきたい。それが自分のスタイルになっています。

本は内側から作り上げていく

武政:デザインを作っていくプロセスを教えてください。

佐藤:まず、ゲラ(白い紙に印刷された原稿)をいただいて、それを読むところから始まります。最初の打ち合わせまでに、手書きのラフスケッチのような形で「ビジュアルの自分なりの感想文」を準備します。

著者さんも同席される場合は作品へのビジュアル面での意向もヒアリングをして、方向性を探っていきます。

例えば、本谷有希子さんの『静かに、ねぇ、静かに』(講談社)という本では、SNS上の自撮り写真でよく見る「鏡文字」に着目しました。私の世代からすると違和感があるのですが、「いつも鏡で見ている自分を他者に見てほしい」という欲求の表れだと知って。その違和感を超えて自己承認欲求が勝っていく価値観が面白いと思い、タイトルを鏡文字にするプランを提案しました。タイトルの頭文字を並べるとSNS(しずかに、ねぇ、しずかに)になっています。

武政:かなり挑戦的な提案ですね。

佐藤:流通上、チャレンジングなプランだなとは思ったんですが、著者の本谷さんが気に入ってくださって。編集者さんは「社内調整が難航しそうです…」とおっしゃっていたのですが、タイトルを正しく読めるように別の場所に入れることで了解を得ました。

その後は仕様書を作成して、「これなら予算内に収まりますか?」「加工も入れたいので2色に抑えます」といった具合に、予算と相談しながら具体化していきます。

まずは本文の設計から始めます。祖父江さんの事務所にいた頃から、本文デザインを重視しています。祖父江さんは「本文設計をやってこそのブックデザイン」とおっしゃっていて。わたしの場合はノンブル(ページ番号)という小さな要素から始めて、血や肉をつけ、皮膚を作り、最後に顔(カバー)を作る――そんな感じで内側から作り上げていきます。

最近は装丁だけを依頼されることも増えていますが、本文を読んだときにどんな書体を使うか、どんな声色で読者に読んでもらいたいかを考えることから始めます。それが本の骨格になるんです。

複数案を提示する意味

武政:ブックデザインは複数案を作られるんですか?

佐藤:独立前は祖父江さんから「決め打ちで行け」と言われていたんですが、今は作品ごとに変えています。私が担当する作品はジャンルも様々なので、いろんなアプローチが可能な作品が多い。編集者の立場、読者の立場になって考えたとき、複数の可能性を示した方がいいなと思った場合はいくつかご提案することもあります。独立してからご提案のしかたは試行錯誤しています。

時には「これしかない!」という推し1案を出すこともありますが、基本的には可能性を一緒に探っていく姿勢です。あとは絶対これがいいと思いながら、定石から飛躍している場合はいくつかご提案するなかで説明しながらお薦めのプランに辿りつくこともあります。

武政:それも1種の「遊び」なんですね。車のハンドルやブレーキにも遊びがあるように。

佐藤:そうなんです。むしろ安全策だけ考えると茫漠としてしまうことも。例えば武田砂鉄さんの『べつに怒ってない』(筑摩書房)という本では、武田さんがサインを書くときに添えるウサギのイラストが「怖可愛い」と気になっていたんです。今回のタイトルと合わせてみると絶対怒ってるじゃんっていう、可愛いからこそタイトルと呼応してサイコパスみがすごい(笑)

『べつに怒ってない』(筑摩書房) 書影
『べつに怒ってない』(筑摩書房)

最初は王道なプランを考えていたんですが、武田さんとの打ち合わせのなかで「あの怖可愛いウサギを使おう!」となって。タイトルは印刷にしてむしろウサギを箔押しで際立たせる方向に(笑)。提案の際に余白を残しておくことで、そういう新しい展開が生まれるんです。

武政:著者さんと直接やり取りすることもあるんですか?

佐藤:版元の制約や編集者さんの意向もあるなかで進めていくので、できるだけ編集者を通して打ち合わせをすることが多いですが、最初に意向をうかがっておいたほうがよい場合は同席していただくこともあります。商業出版となると編集者が考える「この本をどの棚に置きたいか」「どこで売りたいか」といった売り出していくときの戦略もあるので。理想を突き詰めると加工や特殊な製本は豪華にはなるんですが、結果的に増刷がしにくくなったり、販路が限られてしまったり。わたしが理想とするプランが読者や本屋に置かれたときに最適とは限らないので。

自分が変幻自在に形を変える

武政:佐藤さんは「自分を出さない」というスタンスをお持ちだと伺いました。

佐藤:思考の癖やコズフィッシュからの文字組みの流れでなどに私の個性が漏れ出てしまう部分はあると思うんですが、文章が違えばデザインも違って当然だと思っています。自分が変幻自在に、形を変えられるようにアジャストしていく方が向いているんですね。

コズフィッシュにいた頃は「独り立ちするために自分の名前を売る」ことに必死でした。でも今は、自分がすごい!と思った作品が読者にまっすぐ届けば良いなという一心で物づくりしています。「私のデザインです」というアプローチよりも、何が最善手かを探る方が合っているように思います。

コズフィッシュで学んだ文字の知識や使い方、アプローチ、交渉の仕方――それらが私の強みになっています。だからこそ、自分の型にこだわらない方がその強みを活かせるのかなと。まだ正解はわかりませんが。もちろん「この本のデザイン、佐藤さんですよね」と言われると嬉しいですけど(笑)。

武政:出版社から佐藤さんに依頼が来るとき、何を期待されていると感じますか?

佐藤:よく言われるのが「これまでと違う感じにしたい」ということですね。私の「定石嫌い」な部分が伝わっているのかもしれません(笑)。

特に難しいテーマの本のとき、例えばこれまでの社会通念的に「普通」とされてきたものからこぼれてしまった事柄を扱う作品など、安心なだけではないデザインを求められているのかなと思うことがあります。

最近思うのですが、天邪鬼さは私が「駄菓子屋出身」だということも関係しているかもしれません。祖母が駄菓子屋を営んでいて、そこがわたしのデザインのルーツなんです。駄菓子屋って遊びに満ちていますよね。ワクワクするような色使いや、所狭しと並ぶ商品たち。その経験が、知的な出版というメディアに1風変わったものとして映るのかもしれません。

文章の声色を読んで読者を絞っていく

武政:編集者や営業の意見ばかり聞いているとブレることもあると。

佐藤:打ち合わせでよく「どの世代の方にも届けたい」と言われるんです。でも、それってよく考えると難しいですよね(笑)。「広く多く」を意識しすぎると、結局どこに向けた本なのかわからなくなってしまう。

私は、その理想は片隅に置きつつも、まずは対象を絞ることから始めます。このくらいの年齢で、こういうアイデンティティを持つ人で、服の好みはこうで、とか。読者を1人か2人をイメージして作った方がうまくいくケースが多いです。

武政:そもそも本ってニッチターゲットに向けて強く深く刺すメディアですもんね。

佐藤:基本的には短期間でものすごい長さのものを読まなくてはいけない場合でない限り、ゲラを読ませていただいて、その文章と向き合ったときに声色を想像してソフトなのか、ハードなのか、知的なのかポップなのかというのをなんとなく自分の中で作っていって、読者を絞っていきます。

例えば著名なラッパーをイメージして作った本があります。知的で、黒縁メガネをかけていて、Tシャツにキャップ。でもキャップはその方のアイデンティティを感じるブランド。知的なのにパンクな精神を持っている――そんな具体的なイメージがあると、文字の選び方から、全体の作り方まで見えてくる。

レイアウトをしているとどうしても整然とした「本らしさ」に向かっていってしまうんですが、そういう具体的な読者像があると「もう少しここは攻めてもよいのでは」という声が聞こえてくる。その声に従うことで、定石通りの装丁から外すことができる。はじめからデータに向き合ってしまうとレイアウターになってしまう危険性があって、本は本そのものの造形の美しさから、すぐそれらしくになってしまうんです。イラスト置いて、タイトルここに置いて、著者名はこのあたりに置いてと。それをどうやって外していくかですね。

本は「生き物」である

武政:編集者は「ビジュアル的に編集したほうがいい」というお考えについて教えてください。

佐藤:「いいデザインはいい編集がされている」という言葉を読んだことがあって、本当にその通りだと思うんです。内容を咀嚼して、それを脳内で編集した上でビジュアル化しないと、内容との齟齬が生まれたり、作品そのもののパワーが表出してこなかったりする。そこをおろそかにすると、なんとなく「素敵なデザイン」で終わってしまう。

だから一旦、文章を自分の体内に入れて、頭で編集してからアウトプットする。編集者が本当に考え抜いている作品に出会うと、こちらも自然と気合いが入る。「体重が乗る」というか。逆に「この辺の市場を狙って作ったんだろうな」という作品を見ると、何となく悲しくなってしまいます。

武政:「生き物」という表現をよく使われますね。

佐藤:作っている人に信用されていない本は埋もれてしまうんです。日本の出版点数はとても多いので、ときどきそういう本に出会うのですが書店で心許なさそうにしている本を見ると少し悲しい気持ちになる。編集者さんと真摯に向き合って、全力で作品を作りたいと思っています。

科学的な説明はできませんが、そうやって作られた本は読者の心に確実に届く。大きく飛躍していく。そういう「生き物」的な感じがあるんです。

武政:売れる、売れないという数字だけの話ではないと。

佐藤:そうなんです。著者、編集者の「全体重が乗っている感じ」というか。そういう作品からはやはり底知れぬエネルギーを感じます。

武政:他のブックデザイナーの作品からは、どんな刺激を受けますか?

佐藤:「唯一無二」の突飛な表現よりも、作品の解釈の仕方に感動することが多いですね。同じ原稿を読んでも、「私だったらこういうアプローチはできないな」と思うような解釈に出会うとすごいなぁと。

凝った技巧よりも、その背景にある「考えている量の分厚さ」に感動するんです。一見シンプルな白地に文字を置いただけの装丁でも、その選択に至るまでの思考の深さが伝わってくる。同業者だからなのかもしれないのですが「時間の分厚さ」があって、それを感じると「ワーッ」となりますね。

武政:文章も同じですよね。解釈や視点の違いが重要で。

佐藤:そうなんです。膨大なテキストの中から「ここを切り取ろう」という判断。その切り口の鋭さに感動することが多いです。

長年この仕事をしていると、編集者さんも「佐藤さんに頼むと安心なプランはあがってこないだろうな」とわかってくださる。10年前は「蛍光イエローは書店で退色するから使えない」と言われ続けていましたが、1度、前例ができると可能になる。

そうやって一つずつ前例を作りながら、今のやり方ができてきたように思います。

(構成:吉原彩乃/編集者、撮影:矢口亨/フォトグラファー、編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)


佐藤亜沙美(さとう・あさみ)
グラフィックデザイナー、ブックデザイナー
1982年福島県生まれ。2006年〜2014年、祖父江慎氏率いるコズフィッシュ在籍。2014年独立、サトウサンカイ設立。『文藝』アートディレクター。最近担当したデザインに令和ロマン・髙比良くるま『漫才過剰考察』、町田康『くるぶし』、綿矢りさ『パッキパキ北京』など。その他、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』などがある。

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