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「100年後も残る本を作りたい」ブックデザイナー佐藤亜沙美さんが愛嬌を絶対に欠かさないと言う意味

19歳でデザインの世界に入り、独立10年目を迎えるブックデザイナーの佐藤亜沙美さんが大事にしているのは、やりたい仕事があれば願って口に出すこと。一人のクリエイターとして、母として、出版界の未来をどう見据えているのか。全3回のインタビュー後編をお届けします。

(聞き手:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)

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ブックデザイナー 佐藤亜沙美

1人前になるまでは仕事を選ばなかった

武政秀明/SUNMARK WEB編集長(以下、武政):仕事を磨く上で意識していたことはありますか?

佐藤亜沙美/ブックデザイナー(以下、佐藤):始めたばかりの頃は「言われたことは何でもやる」「人の嫌がる仕事をする」という姿勢でした。自分が1人前になるまでは仕事を選ばない、と決めていました。

当時はまだPDFもフレキシブルな環境ではなくて、来る日も来る日もデザイン案をまとめた紙の束をクライアントのところに持って行くというキツい毎日でした。それでもクライアントに会えることこそがチャンスと捉えていました。一瞬でも毎回行くことで顔と名前を覚えてもらえる。そのうち少しずつ話をしてもらえたりすることが増えて。スキルがない分は行動でカバーすると思っていたのかもしれません。

武政:その姿勢が大切だったんですね。

佐藤:キツくて心が折れそうでしたがこういう時期がないと、今後も易きに流れてしまいそうな気がしていました。

武政:独立されてからの変化は?

佐藤:独立前、師匠である祖父江慎さんの事務所・コズフィッシュにいた8年間は丁寧に作品と向き合う文化で、それはとても貴重な経験でした。でも、その分、スピード重視の職場で培われた仕事の処理速度は落ちていたんです。独立後は、できるだけ仕事相手の作業を滞らせないように速さを取り戻しながら、その筋力を戻していきました。

ただ、時間が潤沢に使えたコズフィッシュの時期に得たスキルを活かすのがとても難しかった。でも、歯を食いしばって続けていると、書店でたまたま担当した本を見てくださった編集者から声をかけていただくことが増えて、徐々に今回は是非、佐藤さんにという仕事をいただけるようになってきました。そうするとスピードをフル回転させるだけではなく時間をかけて物づくりすることも増えてきました。編集者さんの肝いりの作品を任せていただくこともあって、こちらもその気持ちに応えられるように全力で臨む。そこに至るまで5年間くらいかかった気がします。充実はしていたけど、心身とも本当にしんどかったです。

とにかくニコニコ、メールは即レス

武政:何か裏ワザはありますか?

佐藤:とにかく大変なときほど意識して笑う(笑)。不機嫌はデザインやメールなどの端々からも伝わってしまうので注意しています。あと、独立当初はできるだけはやくメールの返事を返していました。

新人のうちは仕事の流れを滞らせないように気をつけていた気がします。逆の立場になって考えてみたときに、どういうパーソナリティの人か分からないのに、度々連絡を遅らせていると、不安にさせてしまうのではないかと思ってました。できるだけ仕事がしやすい人という印象を持ってもらいたかったのかもしれません。お試し期間に仕事を滞らせてしまうとなかなか次の仕事は来ませんし。

だから、大量のタスクに忙殺されているときは「受け取りました!」だけでも、とにかく返事はしていた気がします。新人なので、できるだけフットワーク軽く対応していました。次第に「これは時間をかけてじっくり作りたいです」というご依頼が来るようになり、そんな10年間でしたね。

ブックデザイナーになる前は、「なぜ全ての本にカバーや帯がついているんだろう」「なぜイラストを起用した装丁が多いんだろう」といろいろな疑問がありました。今では流通上の制約や予算の都合や読者の手に取りやすさへの配慮なのだと理解していますが、もっと自由でいいのにな、もし自分だったらどうするかなと悶々と考えていた時間が今の基盤になっています。

当時の読者だった自分に向けて、より自由な方に、開けたものを意識するようになりました。

ビジュアルや仕様が尖っているだけだと読者に対して攻撃的になるので、どこかに愛嬌があるように。尖ったところがあれば、どこかを丸くする。全て尖っていると「分かるひとにだけ分かれば良い」という姿勢に見えて、もしかしたら届いていたかもしれない人にも届かなくなってしまう。どこかチャーミングさを残せると良いなと。

これはまだ自分でも完全には言語化できていないんですが、攻めていい時は思いっきり攻める。でも「触れてはいけない」と思われるものにはしない。結局、誰かが手に取ってくれて、はじめて成立するので、「目が合ったな、呼ばれているな」と思ってもらえるようにしていたいですね。

「こういう仕事がしたい」と言い続けたら

武政:愛嬌が大事なんですね。

佐藤:祖父江さんからもよく言われました。それと「やりたい仕事はとことん願って、いろんな人に言え。そうしたら絶対来るから」という言葉も。

自分が思い描いていた理想の時期がずれることもありますが、とにかく願えば必ず来る。だから「こういう仕事がしたいです」と言い続けていました。

実際、出産を控えていた時期に「なにか大きな仕事が1つでも決まるといいな」と思っていたらNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)のロゴデザインの仕事が決まったり。本当に願うと来るんです。

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)のロゴ
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)のロゴ

武政:口に出さないと実現しないって、ありますよね。

佐藤:私のエネルギーの源は過去のできごとや社会などへの「怒り」なのですが、動力とするのとパーソナリティとして表出させてしまうのは別で。夫の格言に「怒ってる奴は全員バカ」というのがあって(笑)。あくまで「怒り」はデザインへの動力としています。

独立後は「ご機嫌でいる練習」をしています。仕事なので、これまで理不尽なこともいろいろありましたが、きついときほど笑うと物事が好転していくような気がします。メールも冷たく感じないようにしているためか「!」マークがやたら多いって言われます(笑)。言いたいことがあればあるほど、丁寧に伝えようと。

不思議なことに「引き寄せ力」だけはすごくて。知りたいなと思うことを調べたり観に行ったりしているとそれに関連する仕事が来るんです。全て仕事につながってくれなくても良いよと思うこともあるのですが(笑)

◼️子どもが「成長しろ、成長しろ」と言ってくる
 
武政:お子さんができてご自身に変化はありましたか?

佐藤:最近まで授乳が続いていて、文字通りエネルギーを吸い取られている毎日でした(笑)。でも、子どもがいることで新しい世代の目線が入ってくるのは、とても新鮮です。

仕事をしていると自然と同じような価値観を持った方がまわりに集まってきて刺激を受けますが、ともするとそれがフィルターバブルにもなり、視野狭窄に陥ってしまいます。ママ友パパ友を通じて「こんな仕事をしている人がいるんだ、こんな視点には気がつかなかったな」と世界が広がる。3歳の娘が大きくなっていけば、また新しい視点も得られるでしょう。そうやってわたし自身の価値観も錆びないように、新陳代謝していければと思います。

子どもは「親も成長しろ」と常に私たちに言ってくるようなものですからね(笑)。確かに、女性一人で起業して経営しながら休みなく仕事をしていたので、出産はかなりのリスクでした。安定期に入ってからもなかなか出産を控えていることを言い出せなくて。

ある仕事では年上の男性に「出産後10日くらいを目安に修正案をください」と言われて。わたしは無痛分娩を選択しましたが、とはいえ出産は交通事故と同じくらい身体に負荷がかかるのですよ……と。産後3年間くらいはフラフラになりながら仕事をしていましたが、仕事が唯一の精神的な救いでもありました。いまはある程度、仕事と両立できるスキルも身についてきて、子どもがいて良かったなと心から思います。

武政:リスクあってのリターンですものね。

佐藤:そうなんです。リスクを取らないとリターンは得られない。大変すぎて心が折れそうになる日も多いですが、毎日、それだけのものを子どもから受け取っているなと日々感じます。

AI時代における「本」の意味

武政:出版界について思うことはありますか?

佐藤:長く出版不況と言われて確かに過去に比べたら本が売れなくなっているとは思うのですが、これまで欧米アジア何か国かに旅行に行ってその国の本屋を探し歩くのですがこんなに本屋さんがある国は本当に珍しいと思うんです。だいたいは主要な都市に大型書店がいくつかあって、それ以外は古本屋さんかセレクトを中心としたインディペンデントな書店があるというケースが多いです。

日本のように毎週全国の書店に新刊が流通する国は珍しいのではないでしょうか。これはほとんどが日本語話者であることや識字率の高さもあると思うのですが、出版文化の豊かさの表れだったりすると思うんです。「不況」と言われるのは、おそらく何百万部も売れた時代に比べてということなのかなと思います。

これからAIには絶対に敵わない領域が出てくると思います。最新のデータを大量に扱う領域では、本は弱くなっていくかもしれない。でも、これからは「自分で自分の生き方をデザインする」時代がくるように思います。これまでの右に倣えでは済まされない時代が来る。

武政:そんな時に、ソースの分からないSNSの情報だけを摂取していると、大きな流れに飲み込まれてしまいますね。

佐藤:本に関わっていると思うのですが、著者はもちろんですが、編集者、校正者、印刷会社も含めて、あらゆる職人技の集積で、本当に丁寧につくられているなと思います。それがこの値段で買えるなんて本当にお得です。それからこれはエビデンスもあると思うのですが、やはり即席で得た知識は体から抜けていくのもはやい。本のように自己内省を繰り返して苦労して得た知識は、なかなか体から抜けていかないんです。電子書籍も良いですが、だからこそ物質としても情報量の多い紙の本は大事にしていきたい文化です。

情報としての本は減っていくかもしれませんが、100年後も残る本を作りたい。データはOSが変わると開けなくなってしまいますが、紙は残り続ける。私たちが100年前の本を手に取って読めるように本は物体としてそこにあり続けることができる。これからAIの台頭で言語もシームレスになっていくでしょうし出版界も激変していくと思いますが「残る本」を作っていきたいです。

それから、若手デザイナーにもっとチャンスがあると良いなと思います。新陳代謝のない業界は滞ってしまうので。若手のデザイナーが育ちにくい環境の改善がこれからの課題でしょうか。特に文字組みは暗黙知的な作業が無数にあって、なかなか独学では習得しにくいと思うので、学びの機会が増えることを願います。

(構成:吉原彩乃/編集者、撮影:矢口亨/フォトグラファー、編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)


佐藤亜沙美(さとう・あさみ)
グラフィックデザイナー、ブックデザイナー
1982年福島県生まれ。2006年〜2014年、祖父江慎氏率いるコズフィッシュ在籍。2014年独立、サトウサンカイ設立。『文藝』アートディレクター。最近担当したデザインに令和ロマン・髙比良くるま『漫才過剰考察』、町田康『くるぶし』、綿矢りさ『パッキパキ北京』など。その他、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』などがある。