「偶然の幸運」をつかみ取る人に共通する考え方
「運がいい人」という言葉を耳にすると、多くの人は単なる偶然や、生まれ持った才能を想像するかもしれません。しかし科学の世界では、「偶然の幸運」を捉える能力が、むしろ具体的な目的意識と強く結びついているという興味深い事実があります。
脳科学者の中野信子さんの著書『新版 科学がつきとめた運のいい人』よりお届けします。
運のいい人は具体的な目的をもつ
運というと、非科学的なものというイメージが強いでしょう。しかし実は、科学者の多くが「偶然の幸運」を渇望している、という現実もあります。
しばらく前に、セレンディピティーという言葉がはやりました。
セレンディピティーとは、『広辞苑』には「思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力」とあります。もっとかみくだくと、「偶然の幸運をキャッチする能力」といえるでしょう。
科学の世界では、このセレンディピティーによる大発見の事例が数多くあります。
たとえば2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士の電気を通すプラスチックの発見(正式には「導電性ポリマーの発見と開発」)の例。博士の場合、偶然起きたひとつの実験ミスが大発見につながりました。
1967年、当時、東京工業大学の助手であった白川博士は、学生に指示を出し、プラスチックのひとつであるポリアセチレンの合成実験を行っていました。合成には触媒を使いますが、あるときの実験で触媒の濃度を間違える、ということが起きたのです。
通常の触媒の濃度なら、合成後は黒い粉末状になりますが、このときは「銀色のフィルム状」になりました。博士はこのフィルムを実験の失敗として捨ててしまわずに、なぜ膜になったのかの原因を探り、さらに実験を重ね、これが電気を通すプラスチックの発見へとつながったのです。
また、2002年に「高分子のソフトレーザー脱離イオン化法」でノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんの場合も、実験の失敗が大発見へとつながっています。
田中さんはあるときの実験で、予定していた溶液とは別の溶液を使ってしまいます。田中さんは、溶液を金属超微粉末(きわめて微細な金属の粉末)に混ぜたときにすぐその間違いに気づきました。しかし「間違えたからといって金属超微粉末を捨ててしまうのはもったいない」と考え、実験を続行します。この実験が新たな発見へとつながるのです。
これらは科学の世界におけるセレンディピティーのほんの一例にすぎません。ほかにもセレンディピティーを大いに発揮した科学者は何人もいるし、さらに科学者のみならずあらゆる業界・分野で偶然の幸運を拾い上げている人たちは数多くいるのです。
幸運の矢をとらえる準備ができているか
ところで、セレンディピティーを発揮した人たちは、よく「運がいい人」ともいわれます。
だとするなら、彼らの共通項に「運を上げるポイント」があるといえます。
では、その共通項とはどんなものでしょうか。
「もし幸運の神さまがいるとしたら、その神さまが放った幸運の矢をとらえる準備ができていたことだ」と私は考えています。
その準備の中でももっとも重要なのが、明確な目的をもち、常に忘れないこと。セレンディピティーを発揮した人たちは、自分はこれをやりたい、これを達成したいという思いを強くもっているのです。
白川英樹博士は中学生のころから「高分子の研究をしたい、新しいプラスチックをつくりたい」と考えていたそうです。たくさんあるやりたいことのひとつだったそうですが、もしこの思いが博士にまったくなければ、博士のセレンディピティーは発揮されなかったでしょう。
田中耕一さんの場合は、研究グループの「分子量1万の試料のイオン化」という大きな目的がありました。
目的や目標が定まっていれば、それに向かっての具体的な努力ができます。どうすれば目標を達成できるのか、そのための知恵もわく。創意工夫も生まれます。ほかにも好奇心やあきらめない心をもつなど、幸運の矢をつかむために必要な準備は多くありますが、そのすべては具体的な目的、目標があってこそ始まるのです。
逆にいえば、具体的な目的、目標がなければ何も始まらない。そもそも目的や目標がないところに、幸運の神さまは幸運の矢を飛ばしようがないのです。
<本稿は『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
中野信子(なかの・のぶこ)
東京都生まれ。脳科学者、医学博士。東日本国際大学特任教授、森美術館理事。2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。著書に『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(日経BP)、『脳の闇』(新潮新書)、『サイコパス』(文春新書)、『世界の「頭のいい人」がやっていることを1冊にまとめてみた』(アスコム)、『毒親』(ポプラ新書)、『フェイク』(小学館新書)など。
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