見出し画像

稲盛和夫「人として正しいかが生きる上で最も大切」

京セラと第二電電(現KDDI)を創業、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を主導し、「盛和塾」の塾長として経営者の育成にも注力した稲盛和夫さん。

2022年8月に90歳で逝去された稲盛さんは数々の著書を残されましたが、サンマーク出版から刊行した『生き方 人間として一番大切なこと』は稲盛さんの代表作の一つ。日本国内で150万部を突破。大々的な宣伝活動をしなくても売れ続け、海外16カ国へも翻訳版が届けられ、中国では600万部以上の大ヒット作となっています。

時代が変わっても変わらない普遍的な言葉の数々が記された本書は、今読んでも色褪せません。

今回は本書から一部抜粋、再構成してお届けします。

『生き方 人間として一番大切なこと』(サンマーク出版) 稲盛和夫
『生き方 人間として一番大切なこと』


◎オススメの記事


単純な原理原則が揺るぎない指針となる

 魂というものは、「生き方」次第で磨かれもすれば曇りもするものです。この人生をどう生きていくかによって、私たちの心は気高くもなれば卑しくもなるのです。

 世間には高い能力をもちながら、心が伴わないために道を誤る人が少なくありません。私が身を置く経営の世界にあっても、自分さえ儲かればいいという自己中心の考えから、不祥事を起こす人がいます。

 いずれも経営の才に富んだ人たちの行為で、なぜと首をひねりたくもなりますが、古来「才子、才に倒れる」といわれるとおり、才覚にあふれた人はついそれを過信して、あらぬ方向へと進みがちなものです。そういう人は、たとえその才を活(い)かし一度は成功しても、才覚だけに頼ることで失敗への道を歩むことになります。

 才覚が人並みはずれたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです。

 そういった哲学が不足し、人格が未熟であれば、いくら才に恵まれていても「才あって徳なし」、せっかくの高い能力を正しい方向に活かしていくことができず、道を誤ってしまいます。これは企業リーダーに限ったことでなく、私たちの人生にも共通していえることです。

 この人格というものは「性格+哲学」という式で表せると、私は考えています。人間が生まれながらにもっている性格と、その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、人格というものは成り立っている。つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、私たちの人格――心魂の品格――は陶冶(とうや)されていくわけです。

 したがって、どのような哲学に基づいて人生を歩んでいくかによって、その人の人格が決まってくる。哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させることはできないのです。

 では、どのような哲学が必要なのかといえば、それは「人間として正しいかどうか」ということ。親から子へと語り継がれてきたようなシンプルでプリミティブな教え、人類が古来培ってきた倫理、道徳ということになるでしょう。

 京セラは、私が二十七歳のときに周囲の方々につくっていただいた会社ですが、私は経営の素人で、その知識も経験もないため、どうすれば経営というものがうまくいくのか、皆目見当がつきませんでした。困り果てた私は、とにかく人間として正しいことを正しいままに貫いていこうと心に決めました。

 すなわち、噓をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかりを考えてはならないなど、だれもが子どものころ、親や先生から教わった――そして大人になるにつれて忘れてしまう――単純な規範を、そのまま経営の指針に据え、守るべき判断基準としたのです。

 経営について無知だったということもありますが、一般に広く浸透しているモラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもあるはずがないという、これまた単純な確信があったからです。

 それは、とてもシンプルな基準でしたが、それゆえ筋の通った原理であり、それに沿って経営をしていくことで迷いなく正しい道を歩むことができ、事業を成功へと導くことができたのです。

 私の成功に理由を求めるとすれば、たったそれだけのことなのかもしれません。つまり私には才能は不足していたかもしれないが、人間として正しいことを追求するという、単純な、しかし力強い指針があったということです。

 人間として間違っていないか、根本の倫理や道徳に反していないか――私はこのことを生きるうえでもっとも大切なことだと肝に銘じ、人生を通じて必死に守ろうと努めてきたのです。

 いまの日本で、人間のあり方を示す倫理や道徳などというと、いかにも時代遅れのさびついた考えだという印象を抱く人が多いかもしれません。戦後の日本は、戦前に道徳が思想教育として誤って使われたという反省と反動から、これらをほぼタブー視してきました。

 でも本来それは、人類が育(はぐ)くんだ知恵の結晶であり、日常を律するたしかな基軸なのです。

 近代の日本人は、かつて生活の中から編み出された数々の叡智(えいち)を古くさいという理由で排除し、便利さを追うあまり、なくてはならぬ多くのものを失ってきましたが、倫理や道徳といったことも、その一つなのでしょう。

 しかしいまこそ、人間としての根本の原理原則に立ち返り、それに沿って日々をたしかに生きることが求められているのではないでしょうか。そうした大切な知恵を取り戻すときがきているように思います。

<本稿は『生き方 人間として一番大切なこと』から一部抜粋して再構成したものです>


【著者】
稲盛和夫(いなもり・かずお)
1932年、鹿児島生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミツク株式会社(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。また、84年に第二電電(現KDDI)を設立、会長に就任。2001年より最高顧問。2010年には日本航空会長に就任。代表取締役会長、名誉会長を経て、2015年より名誉顧問。1984年には稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった人々の顕彰を行う。2022年逝去。
著書に『京セラフィロソフィ』『心。』(ともに小社)、『働き方』(三笠書房)、『考え方』(大和書房)など、多数。

◎関連記事


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!