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30年後の人にも愛される作品を描いていく…『コーヒーが冷めないうちに』原作者・川口俊和さんは人の感情にどう向き合っているか

世界でシリーズ累計500万部を突破した日本生まれの小説『コーヒーが冷めないうちに』。現在42言語に訳され、アメリカではシリーズ累計90万部を超え、同国でのミリオンセラーも見えてきています。

そのシリーズ6作目となる最新刊『愛しさに気づかぬうちに』が9月25日に日本で発売を迎えたのを記念して、3日連続で著者の川口俊和さんにその裏側を全てお聞きするインタビュー。最終回となる後編をお届けします。

第1弾

第2弾

(聞き手・構成:田中里加子 サンマーク出版PR戦略室)

◼️人間の感情はとても揺らぎやすいもの、だからこそブレないって素敵

――「誰もが持っているけれど、なかなか表には出せない、人間らしい一面」がとても美しく描かれているのが川口さんの物語の1つの特徴であると思います。川口さんにとって感情がどのように捉えられているのか1つずつ聞かせてください。まず「愛情」とは?

愛情は、本当によくわからないものですよね。目に見えないし形にもなってないし。だから、本音を言うと、僕は「愛情」というものの実態がなんなのかよくわからないんです。どういうものなのか、口でうまく説明できないというか。なので、作品で描く愛情は「こうなっていたい」だとか「こうなっていたら理想的だな」といった自分の憧れを書いていると思います。

でもだからこそ、その理想をすごく追い求めてしまうのかもしれません。もしも僕が愛情を理解していたら、きっと小説では書けなかった気がします。

――川口さんにとっての憧れの「愛」を一言で表すと?

ブレないことかなと思います。人間の感情はとても揺らぎやすいものだと思うんです。それでも「この人と一緒に生きていく」ということを言い切ってブレないこと。例えば、『コーヒーが冷めないうちに』の中に出てくる、夫婦の話。夫の房木が、記憶を失っているのに、妻の高竹に対して「ずっと夫婦でいたい」と思えるその感情って、まさに僕にとっての憧れの愛だなと思うんです。でも僕が房木の立場だったら、きっとその言葉は言えないと思います。

◼️忘れることができる後悔と、できない後悔がある

――「後悔」とは?

誰もが持っていて、誰もが絶対に経験すること。僕はとても後悔して生きてきたから、何したって、何があったって後悔ばかりを重ねてきているように思います。

後悔って1日に1回は絶対にありますよね。1日に何十回と後悔の気持ちがわくこともあります。僕にとって、後悔って、やれなかった自分とやりたかった自分との間に生まれる感情のことだと思います。

例えば、『コーヒーが冷めないうちに』の「姉妹」に出てくる平井の話でいうと、普段は普通に過ごしていたのに、妹が亡くなったことで大きな後悔の気持ちを持つわけです。だから、後悔って特別なことではなくて、連続性があるというか。過去から未来へとずっと繋がっていて、起きた時点でそれを後悔するとは思っていなくても、後から後悔となってやってくることもある。常に感情としてずっと付きまとっているものだと思います。

――川口さんは普段、後悔することが多いのですか?

瞬間的に感じることはとても多いです。ただ、それを溜め込むと自己否定になってしまって、自分の調子が悪くなるから、できるだけ忘れるようにはしています。ずっと後悔していても、先には進めないので。ただ、忘れることができる後悔と、できない後悔が絶対的にあって。平井は忘れること、前に進むことができなかったから過去に戻ったのではないでしょうか。

――「家族」とは何でしょう?

家族も、とても難しいものだと思います。小説では、家族はこういうものだよねという事実を書くというよりは、こうあってほしいという理想を描いています。家族は切りたくても切り離せないからこそ、ストレスになることもありますよね。でも、それを越えてでもこの関係を崩さないと決めることが、僕の理想なのだと思います。自分はできないかもしれないけど、せめて物語の中にはこういう人がいてほしいなという願望を書いていますね。

◼️「死」は誰にでも訪れるもの、不幸の原因にしてはいけない

――「死」についてはどのように捉えられていますか?

死は誰にでも訪れる避けられない現実ですよね。でも、死というものは誰にでも訪れるものだからこそ、誰かの死を不幸の原因にしてしまうと、みんなが不幸にならないといけなくなるんです。それだと個人的に言わせてもらえれば、やりきれないと言うか。

でも、何千年前から人間は必ず死を経験して、それでも必ず乗り越えてきてるわけです。だから、とても悲しいことだけど、それをどういう風に受け止めて考えるかという課題のようなものなのだと思います。「どうすんねんお前、死は避けられへんで」というふうに、世界から問われているようなニュアンスなんだと思います。『コーヒーが冷めないうちに』の中ではじゃあこういう風に受け止めてみたらどうですか、という理想を書いています。

――「過去」とは?

高村光太郎さんの『道程』という詩の一説に「僕の前に道はない 僕の後ろに道が出来る」というものがあります。本当にこの通りだと思っています。過去は道であり、必ずずっと現れるものであり、消せないもの。過去は道、自分が歩んできた場所、その積み重ねなので。

僕にはいくつか思い出したくない過去もありますが、それは、できるだけ見ないようにしています(笑)。人生でどうすることもできないことの1位が死だとしたら、2位が過去なのではないでしょうか。『コーヒーが冷めないうちに』の中でも、過去は変えられません。でも、受け止め方は変えられるというのが、小さな希望なのかもしれません。

――『コーヒーが冷めないうちに』には、過去の受け止め方が変わった瞬間が描かれているんですね 。最後に「希望」について教えてください。

希望がないと、僕の体は動かないだろうなと思います。人間って意外と、どんな状況でも生きることができる生物だと思うんです。でもその中で、希望を持てている人と持てていない人の差はすごく大きいと思います。

僕は昔、お金が本当になくて、1週間で200円しか使えない生活をしていた時がありました。借金もあって、ご飯もろくに食べられなくて。その時、もう31歳だったので、周りは結婚して、車乗って、家買ってとやっているのに、1人で何をやっているんだろうという気持ちがありました。でも、その人たちが手に入れることができないものを僕は手に入れようとしているんだ、っていう希望だけは常に持っていました。

希望は、未来の話なので、必ず起こるという確信は持てないですよね。だから、今までも何度も、「あきらめてしまえ」という悪魔の囁きに耳を傾けそうになったことがありました。でも、紙一重で希望を追うことができたのは、僕の意地だったと思います。

フランスにてオーディオブック大賞を受賞

◼️時代、国や人種が違っても受け入れられるものを書きたい

――この本はまだまだ多くの人に届く可能性に満ちた1冊だと思います。日本の方々がこれから読むとして、他の国の方々と同じように受け取られると思いますか? それとも、何か差があると思いますか?

多くの国の方からの感想をいただいた経験から言うと、国によっての受け取り方に差はないと思います。もし、最後までその人がその物語を必要としてくれたとしたら、受け取り方は同じだと思います。

ただ、タイミングによる違いはあると思います。「今」読んでも響かない、という人は必ずいると思うんです。でも、その方が例えば10年経って大事な人を亡くした時に、「そういえば川口という作家が、『コーヒーがぬるくなる前』だったかな? なんかそういう作品で、なんとなくそういうこと書いていたな」って思い出してくれると嬉しいです。

――世界中からこれだけたくさんのオファー(イベントやフェスティバルの出演、サイン、PR活動)があって、なかなかそのすべてにはお応えできないものですが、川口さんは私たちが知っている限りすべてのオファーに誠実にご対応なさっています。それはなぜ? 川口さんにとってどんな意味があるのでしょうか?

オファーをいただけることはとても嬉しいことなので、可能な限り受けていきたいという気持ちです。あとは、「要望をいただけるうちが花」というか、後で「受けておけばよかったな」と後悔することはしたくない、という気持ちもあります。

――今までにたくさん受けてきたオファーがご自身にとってどのような意味があったと思いますか?

ずっと自分の中にある理想として、「30年前の人が読んでも、30年後の人が読んでも、または国や人種が違っても受け入れられるものを書きたい」と思っていました。そしてオファーをいただいていろいろな読者さんたちの反応を実際に見たことによって、自分が書いたものは間違いなかったんだという答え合わせになりました。つまり、海外からオファーがあるということは、国や言語は違っても、「人間」が求めることには普遍性がある。それを証明しているのだと思いました。

――最後に、今後行ってみたい国はありますか?

前提として、呼んでいただけるのであればどこでも行きたいです。特に一つ挙げるとすると、今年2月に日本で僕の演劇の公演を行ったんですが、そこに、モンゴルから僕の舞台をわざわざ日本に見にきてくださった方がいたんです。

『コーヒーが冷めないうちに』ではない作品だったのですが、小説がキッカケで僕の演劇作品も見たいという想いで来ましたというのを聞いて、すごく嬉しかったです。もしもその方が来てほしいと要望してくれるとしたら今度は僕がモンゴルに会いに行きたいです。あとは、個人的にサウナが好きだからフィンランドには行きたいな。……いや、でもフィンランドは自費でいきます。(笑)


【プロフィール】
川口俊和(かわぐち・としかず)
大阪府茨木市出身。1971年生まれ。小説家・脚本家・演出家。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞 2017にノミネートされ、2018 年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』 を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。



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