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「大抵のプロジェクトが失敗する」事実から日本人ビジネスパーソンが学べること

 毎回のように予算が膨れ上がるオリンピック。完成予定がどんどん遅くなる道路。せっかく開通したのにまるで儲からない鉄道――。

 当初の予算を大きく上回り、スケジュールも大幅に遅延。挙句の果てに期待していた便益をまるで得られなかった――。大小・官民を問わず、このような話は身の回りにたくさん転がっています。

 プロジェクトの大半が成功を収められないのには、普遍的な要因があります。それを解き明かしたのが『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)。世界の有識者や日本の有力な経営者・ビジネスパーソンが注目する1冊です。

 調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での公演も行っている坂口孝則さんは、本書をどう読み解いたのでしょうか。坂口さんのブックレビューをお届けします。

どデカいことを成し遂げることは可能なのか?

 『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(著:ベント・フリウビヤ/ダン・ガードナー)は成功したプロジェクトが何を重視して、そして失敗したプロジェクトにどんな原因があったのかを体系立てて解説した本だ。プロジェクトを進めるために必要な内容が詰まっており、ビジネスに関わるなら、誰しもが押さえておきたい知恵が詰まっている。

 終身雇用が崩れ、産業や企業の栄枯盛衰が激しくなる中で、欧米ほどではないにしても日本でも人材流動化が広がっている。1つのビジネスに拘泥するのではなく、業態やビジネスを移り働く機会が増えた。そして、人によってはフリーランスとして働き、プロジェクトベースでプロフェッショナルなメンバーがチームを組み、目的を達したら解散し次のプロジェクトへ……と移行するようなケースがあるだろう。

 私の場合、サプライチェーン分野のコンサルタントとして働いている。特定の場所に集合しプロジェクトが組まれて、成果を出して解散、という日々を重ねている。もちろん「成果を出して解散」と書いたが、成果を出せないので解散という場合もある。

 つまり、本書はこれからの働き方を考えたうえでも時流にマッチしており、さらに私の個人的な感心にも合致している。

 本書の結論を先回りすると、「すばやく動く」のではなく、「ゆっくり考え、すばやく動く」のが成功の要因となる。これはきわめて示唆に富んでいる。

これまでの直観と異なるのでは?

 ただ、日本のビジネスパーソンの多くにとって「ゆっくり考え、すばやく動く」は直観と異なっているかもしれない。2つの疑問が思い浮かぶはずだ。

 1つ目。よくビジネス界隈では「すぐさま動け、すぐさま試行錯誤しろ」といわれている。これは本書も折り込み済で、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスの例をあげている。

時間の浪費は危険を招く。「ビジネスではスピードが肝心だ」と、ジェフ・ベゾスはアマゾンの有名なリーダーシップ原則に書いている。「多くの意思決定や行動はやり直すことができるから、大がかりな検討を必要としない。計算した上でリスクを取ることには価値がある」(P80)

 しかし、重要なのは「やり直すことができる」点にあると著者はいう。つまり、企業に多大なダメージを及ぼすものでない施策であれば、次々にやればいい。本書で話題にあげているのは、実施してしまうと取り返しのつかなくなるようなプロジェクトだ。

 これについてはリスク管理を含めてじっくり検討したほうがいい。そのうえで施策をすばやく実行するのだ。

 2つ目。「ゆっくり考えろ」というのであれば、日本企業のお家芸としてすでにできているのではないか。「日本企業のように、検討ばかりをずっと繰り返して、まったく進もうとしない態度こそ褒められているというわけか」と考えるかもしれない。

 もちろん、それはあながち間違っていない。日本企業が多面的な観点から検討を続けていれば、本書の趣旨と合う。しかし、現実的に日本企業で見られるのは、検討というよりも根回しや、上司の思いつきにすぎない指摘に膨大な資料を作成して対応する無駄な時間だ。あるいは派閥間のやりとりだとか。それを本書が推奨しているのではない。

 本書はディズニー傘下の映画作成会社ピクサーの例をあげている。ピクサーは映画を作成するときに、ラフな状態からプロトタイプを上映。そこで社内の意見を吸い上げ、ブラッシュアップを重ねる。

一般にピクサー映画は、脚本から観客のフィードバックまでのサイクルを8回繰り返す。バージョン1から2への変化は「たいていとても大きいね」とドクター。「バージョン2から3への変化も、かなり大きい。うまくいけば、その後は使える要素が増えていくから、変化はどんどん小さくなっていく」(P146)

 これこそが、本来の「ゆっくり考える」に値するというのだ。

 また本書では、さほど計画性がないまま突き進んで成功した事例も取り上げられている。たとえば有名なギタリストであるジミ・ヘンドリックスが建設した音楽スタジオだ。このプロジェクトは計画がずさんで予算も超過したものの、関わる若き天才たちのおかげで、伝説のスタジオになった。AC/DCなどの名アルバムがここで録音され世に上梓された。

 もちろん、結果的にうまくいったプロジェクトを誰も知っているだろう。勢いのまま進んで成功したプロジェクトもあるはずだ。しかし本書は、そのような例もあるだろうが、天才的なひらめきによって成功した例は目立ちやすいだけだ、と論じる。つまり「確率的にはそんな例もあるけど、そんな奇跡的な例を信じてもしかたがない」というわけだ。身も蓋もない話だが、納得させる多数の例が紹介される。

本書の典型例にハマらないために

 本書を日本企業に応用できるだろうか。サプライチェーンの領域に従業している私の観点から考えてみたい。

 新たなプロジェクトを推進している日本企業のプロジェクトの実作業(製造、建設、役務)を担っているサプライヤー(商品やサービスを企業に提供する人・会社)にとって、結果的に遅延してしまう多くのプロジェクトが、そもそも遅延するとわかっているケースは多い。

 依頼主=買い手はサプライヤーに対して「この日程では困る。もっと短くしてほしい。予算も超過しているから、もっと安くしてほしい」といわれる。するとサプライヤーは反論を試みるが、受け入れてもらえない。

 そこで遅延の可能性や、コストアップの可能性を受け入れてもらったうえで、“ありえない”見積書やスケジュール表を作成する。ただ、それでも依頼主=買い手からすれば、内部の稟議を通すことができるから、一安心というわけだ。

 さらに困ったことに、日本の大企業では人事異動が頻繁にあるから、稟議を通した担当者と、施工時の担当者は異なっている場合が大半だ。つまり「あらかじめ遅延するプロジェクト」だったわけだ。

 主体として「早く着手したい社内部門」と「いいなりになるサプライヤー」の二者しかいない場合は、まさに本書が描くどおりの失敗事例ができあがる。対策はあると思う。

 まず、本書を双方が読めば、意識を合わせられるはずだ。プロジェクトの遅延は、依頼主にもサプライヤーにも禍根を残す。サプライヤーはお金をもらえればいいとしても、当初の提案期間より大幅に延びる場合はサプライヤー自身の経営計画にも影響する。

 他のプロジェクトへの人材投入も計画が狂うだろう。依頼側にとっても予算が上昇するのは好ましくない。だから、双方がプロジェクトの順調な推進について意識を合わせる必要がある。

 もう一つは、業務執行部門ともリスク管理部門・コンプライアンス部門とも独立した立場の「内部監査部門」を持つことだ。これを専門用語で「3つのディフェンスライン」とよぶ。

「空気を読まない」部門をあえて介在させてみては?

 本書が語る内容がいくら明確でも、企業内で実践するとなると難しい面があるかもしれない。社内の力学があって、おかしいと思っていても意見ができないようなことがあるためだ。そこでKY(空気を読めない)部門をあえて介在させる。

 たとえば、調達部門と現場部門があるとする。現場部門はどうしても再来月までにプロジェクトを完成させたい。そして調達部門にプレッシャーをかける。調達部門は「無理だろう」と思いつつも期待ゆえに「再来月までにプロジェクトを完遂させます」というサプライヤーを強引に選定してしまう。

 だからこそ、3つ目のディフェンスラインとして社内監査部門を設定し、彼らの承認がなければプロジェクトは開始しないとする(また無謀なプロジェクトを止めるほど評価が上がるような仕組みにする)。

 彼らは、冷静沈着な視点から再来月までに完成は不可能だと考えれば、プロジェクト全体のスケジュール再考を指示できる。こうすれば、健全な緊張感が生まれ、本書のいう「ゆっくり考え、すばやく動く」の実現に近づくだろう。

 それにしても本書はプロジェクトに携わる人間へヒントが満ちている。これだけプロジェクトの失敗例が明確なら、それこそ本書を「ゆっくり読んで」対策をとる必然性がありそうだ。

【著者】
坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。

◎本書の試し読みはこちらより

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