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「仕事をサボっている時に本を読んでいる」文芸評論家・三宅香帆さんはここまで徹底している

 京都大学大学院生時代の23歳で本の著者としてデビュー(『人生を狂わす名著50』ライツ社)、文芸評論家としての活動が8年目を迎えている三宅香帆さんは、これまでに14冊の単著を世に出している(共著は1冊)。

今年10万部超を連発

「今年は書き下ろしの単著を3冊出しました。来年も共著を入れると2冊の出版が決まっていて、もう1冊出るかどうかです」

 出版界の事情に少しでも詳しい人、あるいは本好きならこれだけで只者ではないと感じるだろう。驚きはさらにある。

 今年4月に発売され1週間で10万部、現在は電子書籍含め累計20万部を突破している『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』(集英社新書)。今月18日には、全国の書店スタッフが投票で決める「書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」にも選ばれた話題の1冊だ。そして、今年7月に新書化されて、10月初旬に累計10万部(紙・電子含む)に達した『「好き」を言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカバー携書)。いずれも著者は三宅さんである。

 右肩下がりで需要が縮み、かつてのようなヒットが見込みにくくなっている今の書籍市場で10万部超はなかなか出ない。それを連発できる著者は稀有だ。読者層も若い。いろんな出版社の編集者や営業担当者が舌を巻く。

 しかも本だけではなく、三宅さんは雑誌やWebメディア、自身のブログ(note)などでも本や漫画の解説や評論を書く仕事を多数こなし、SNS(X、Instagram)、YouTubeチャンネル、Podcastなどでも発信。メディア出演の機会も多い。

締め切りがあったら原稿を書くし、書けない時は読みたい本を読む

 そんな中で、どうやって書いているのか。書くテーマの知見や情報をどう仕入れているのか(インプット)と、本1冊で10万字超になることもある膨大なボリュームにも及ぶ文章をどう綴っていっているのか(アウトプット)の両面から興味深い。

「仕事をサボっているときに本を読んでいるんですよ。書けないな、と思う時は本を読んでいます。本を読むと、こういう本を書いてみたいとか、こういうテーマを書いてみたいとか思いつくので、普段、本を読んでいる時間が自分のアイデアのもとになっているところがあるかもしれません。ただ、読書がインプットという意識はありません。締め切りがあったら原稿を書くし、原稿が書けない時は読みたい本を読む、みたいな感じかもしれないですね」

 三宅さんが自著『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』で問題提起したように、仕事をしている現代人の多くが学生の頃のように時間が取れず、必要な情報を最短で得るように動いてしまっている。「疲れてスマホばかり見ているあなたへ」の本書帯コピーにドキッとした人も少なくないだろう。

 三宅さん自身、大好きな本を読む時間をしっかりと取るために会社を辞めたほど。仕事を離れた時に本以外の誘惑に流れることもなく、三宅さんは本好きとして徹底している。

「ちょっと活字中毒みたいなところがあるので、頭の中がヒマなのがあんまり好きじゃないんです。今まで何冊読んだかは数えてないですが、今は1日1冊ぐらいのペースで読んでいます。いい本があれば、参考になるところや引用しそうなところをメモしています。原稿に使うとなったら読み直します」

 逆に面白くないと感じた本にもたくさん触れている。それだけ厳格な目線で本を読んでいる。そんな三宅さんが考える面白い本の定義とは何か。

 「自分の知らなかった情報が多かったり、切り口がこれまでになかったりする本ですね。情報量が多くないと面白くないです。面白い本に対する感覚をちゃんと鋭くしていなきゃ、と常に思っています」

京大院から副業が可能なリクルートへ

 1994年生まれで地元は高知県高知市。小さな頃から本が大好きな少女だった。

「『いつから本が好きなのか』とよく聞かれるのですが、小さいころから絵本が好きだったので、いつから好きかあんまり覚えていないんです。。小学生の時は漫画にどっぷり。中学生になって漫画より小説のほうに好みが移っていきました。当時読んだ本で、特に思い出深いのは恩田陸さんの作品。『光の帝国』『三月は深き紅の淵を』など好きな小説がいっぱいあります」

 その後、京都大学文学部へと進学した。2016年に当時アルバイトで働いていた天狼院書店(京都天狼院)のウェブサイトに掲載した記事がバズり、兵庫県明石市で産声を上げたばかりの出版社「ライツ社」から声がかかる。

「当時は大学院生だったのですが、大学院の知人から『出版社に声をかけられても企画がなくなることはよくある』と聞かされていて。本を書きませんかと言われたものの、本当に出版されるのか、半信半疑だった記憶があります(笑)」

 話は進み2017年9月にデビュー作の『人生を狂わす名著50』が発売となった。編集を担当したライツ社の代表取締役社長兼編集長の大塚啓志郎さんは「当時は大学(院)生が書く書評本はなかった。友だちのような感覚で書いてもらった」と明かす。初版どまりが多い書評本としては異例の増刷を重ねるヒット作となり、現在までに7刷、累計1万8500部に達している。

 その後も複数の出版社からの執筆依頼が絶えない中で、京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程を修了。リクルートに入社する。2019年春のことだ。本にかかわる仕事がしたいという思いはあったが出版社は就職先の候補になかった。

「出版社は基本的に副業禁止のイメージだったので、書評家の仕事が続けられないなと。博士課程という経歴でも採ってくれそうなところで、副業が認められている会社、という観点でリクルートをとりあえず受けてみたら、内定を早くもらえたので入社を決めました。インターネットが好きだったのでWEBマーケティングを学びたいという気持ちもありました」

本をじっくり読みたすぎるあまり会社を辞める

 聞けばリクルートしか受けなかったという。勤務地は東京・有楽町。居住地も東京都内に移した。リクルートではウェブマーケティング部で顧客との間に信頼関係をつくっていくCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)やリスティング広告などの業務に携わり、マーケティング全般を学ぶ。

 文芸評論家の仕事は兼業で続けていたものの、社会人1年目にスマホばかり見てしまって本が読めなくなる事態に陥り、ショックを受ける。その後、本をじっくり読みたすぎるあまり、3年半後の2022年8月にリクルートを退職して独立。文芸評論家として食べていく道を選び、再び京都に拠点を戻した。

 デビュー作のライツ社以外で、これまでに出版した版元はサンクチュアリ出版、幻冬舎、大和書房、笠間書院、青土社、河出書房新社、中央公論社、ディスカバー・トゥエンティワン、集英社、PLANETS/第二次惑星開発委員会(順不同)とそうそうたる顔ぶれだ。

 そして自分自身の経験と問題意識を出発点に書き上げた1冊が今年4月に発売された『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。

「読書論で何か書きませんか?」という集英社新書編集部・吉田隆之介さん(27歳)からのオファーに対して、現代の労働が抱える「本を読みたいけど読めない人が増えている」という社会構造をあぶり出した(※)。

<※詳しくはインタビュー前編(本を好きじゃなくなった人が増えたという話じゃない…「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅香帆さんに聞いてみた/10月26日配信」をぜひお読みください> 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は初めてのアプローチ

 これまでに書いてきた本はさまざまな小説や古文・古典などという“作品”を主にテーマとして掘っていく解説・評論といったレビュー、あるいはエッセイのほかは文章術などだったが、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は“社会問題”がテーマ。それも労働と読書の歴史を明治時代から遡っていった。数えきれないほどの文献に当たり膨大な文章を読み込んだことがわかる大作だ。それも最初は見切り発車で書き始め、書きながら答えにたどり着いたという。

「調べるのは好きだし得意なので苦にならないタイプです。歴史をたどって社会批評を書くのは、今回初めてやってみたアプローチなので、うまくいってよかったなと思います。自分としては本書も批評のつもりです」

 三宅さんが好んで読む小説や人文書はそれぞれが書かれた時代を映す鏡だ。著者は時の人であり、高次元で世の中を切り取っている。いわば「知の結集」と言っていい。その見方や言葉を借りながら、横断的なテーマを選び歴史をたどりつつ、なぞっていける書き方も新たに見いだしたとすると、これまでに読み溜めてきた膨大な本の中から、あるいは、まだ目にしていない本の中から、労働史と読書史以外にもこのアプローチで社会を切り取る斬新な企画が生まれるかもしれない。そんな質問をぶつけてみた。

「興味あるテーマが見つかったら書こうかなと思っています。ただ、自分が興味持っていないと書けないですね」

 次のそれが見つかった時、どんな問いと答えを私たちに見せてくれるのか。出版界の一員としてだけでなく、単なる一読者としてもただただ楽しみである。

【プロフィール】
三宅香帆(みやけ・かほ)
文芸評論家

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術―』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『人生を狂わす名著50』など多数。


(取材・執筆:武政秀明/Sunmark Web編集長、撮影:photosofa/木村 有希、編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)


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