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皇帝ペンギン南極物語③ヒナを守るために

 サンマーク出版のヒット作の1つに、皇帝ペンギン(エンペラーペンギン)のヒナで、寝ぐせがトレードマークの「ぺんた」とピンクのリボンがかわいい「小春」が登場する『ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし』があります。

 世の中にはさまざまなまちがいさがしがありますが、このシリーズは文字通りケタが違います。最新版の『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし空の巻』は1冊で1210個、『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし海の巻』には1450個のまちがいがあります(著・ペンギン飛行機製作所、いずれも2023年10月発売)。

 ぺんたと小春の愛くるしさと「やってもやっても終わらない」(担当編集者)膨大なまちがいさがしの面白さが、好奇心に溢れたお子様のハートをつかみ、累計50万部を突破しているシリーズです。

『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし海の巻』『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし空の巻』
『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし海の巻』
『ちいサイズ ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし空の巻』

 そんなぺんたと小春にあやかって、4回に渡ってお届けする、南極を舞台にした皇帝ペンギン家族の「出会い」と「別れ」の感動物語。日本のペンギン研究の第一人者で“ペンギン博士”こと上田一生先生に、「どうしてペンギンは1列に並んで歩くのですか?」とお聞きしてみました。

 そこには、大自然のなかで生きるペンギンならではの過酷な理由がありました。そして、いよいよ物語は佳境に。ヒナを守る親鳥たちの壮絶な日々がはじまります。

上田一生(うえだ・かずおき)1954年、東京都生まれ。國學院大学文学部史学科卒業、ペンギン会議研究員、目黒学院高等学校教諭。1970年以降ペンギンに関する研究を開始し、1987年からペンギンの保全・救護活動を本格的にはじめる。1988年、「第1回国際ペンギン会議」に唯一のアジア人として参加。ペンギン研究のため、南極に3度訪れている。国内外十数か所の動物園・水族館のペンギン展示施設の監修を行っている。『ペンギンの世界』(岩波新書)など著書多数。

『皇帝ペンギン南極物語』ー目次
第1回 氷の上にやってきた
第2回 200キロの大行進
第3回 ヒナを守るために
第4回 巣立ちのとき(2月17日配信)

ペンギンが1列に並んで歩く理由

──上田先生、どうしてペンギンは1列に並んで歩くのですか?

上田:みなさん、南極の氷の上って、まったいらだとお思いですよね。アイススケート場のように。

──はい。

上田:じつはまったくちがう危険地帯なんです。そこら中にクレバス(氷の裂け目)があります。海の上の浮氷ははつねに動いていますから、あちこちで割れたり、ぶつかり合って盛り上がったり、裂け目ができたりしているんです。私も3度現地に行きましたが、非常に危険です。南極で活動するときには、クレバスに落っこちたらまず終わりです。深いところは30メートル、40メートルの高さがありますから。

──そんなに深いんですか!

上田:十何階建てのビルの屋上から落ちるのと同じです。よく雪上車がここにはまっちゃうんです。すると、もう雪上車ごと乗っている人も全員亡くなってしまいます。だから、人間もここを歩くときには非常に用心して歩くんですね。雪が降りますから、そのクレバスが見えなくなってるんですよ。一見何にもないように見えるのですが、至るところに穴があります。

──まるで「落とし穴」ですね。

上田:ええ、まったくその通りです。警戒しながら進まないとだめで。それで、じつはペンギンたちも時々そのワナにはまるんですね。ペンギンも落ちてしまうと助かりません。そういう個体が、残念ながら多少はいます。ですから、みんな用心して進むわけですね。そういう場合、人間たちならどうやって進みますか? 横1列? 縦1列?

──絶対に「縦1列」ですね。ああ、そうか。ペンギンも!

上田:そうです。ペンギンも同じなんですよ。横に広がって歩いていたら、あちこちでクレバスに落ちる個体が出てきてしまう。でも、縦1列になって歩けば、先頭の個体だけは危険ですが、そのあとに続く子たちは、「安全が保障されている」わけです。だから、縦に1列になって歩く。もしも、先頭の子がクレバスに落ちてしまった場合は、2番目の子はルートを変えます。

──そうなると先頭が一番きついですね。それはリーダーの仕事なのでしょうか? それとも、「お前が先いけよ」「いやいや、オレは嫌だよ」みたいなやりとりがあるのですか?

上田:ペンギンには「リーダー」はいません。特別に勇気がある子がいるわけでもなく、自己犠牲の精神がある子もいません。だから、「みんなのためにオレが先頭になる!」なんていうことはないんです。

──リーダーはいないのですか。

上田:ただ、研究でわかっているのは、先頭を切るのは、雌雄関係なく、わりと経験を積んだ個体だということです。彼らは、この繁殖活動を毎年行っています。だから、方角や地形を覚えているんです。「あっ、ここに来たことある」とか「前はこっちに曲がったな」ということをおそらく記憶している。

──ペンギンは記憶力がいいんですね!

上田:そうなんですよ。そういうふうに何度か経験を積んだ個体が、先頭を行くようです。ただ、経験を積んでいる個体はたくさんいるはずですから、そのなかで誰が先頭になるかは、おそらく「たまたま」のはずです。

──そうかあ、自己犠牲の精神のある子がいるわけではないんですね。行進や繁殖は、毎年くり返されるのですか? 今年はやめておこう、みたいなことはないのでしょうか?

上田:ありません。皇帝ペンギンの場合、オスは4歳以上、メスは5歳以上になると繁殖力がついてきますが、海に巣立った翌年から毎年コロニーに帰ってきます。

──え? 繁殖しなくても帰って来るんですか?

上田:繁殖しなくても帰ってきます。だから、コロニーには繁殖がまだできない若いペンギンもたくさんいるわけです。

2週間遅れてメスが合流! どうやって相手を選ぶの?

──先に海から上がってコロニーに辿りついたオスたちに、遅れること2、3週間。ついにメスたちがやって来ますね。そして、いよいよ「相手探し」になるわけですか?

上田:うんうん、そうですね。

──どうやって相手を決めるのでしょうか?

上田:「声」です。あとは「しぐさ」。人間から見ると、ペンギンってみんな同じに見えますよね。じつは、ペンギンたちにも同じに見えてるんです。

──ペンギンにも、ペンギンの区別はつかないのですか?

上田:ええ、姿形はどれも似ていますからね。だから「容姿でえらぶ」みたいなことはほとんどないんですよ。体が極端に大きいとか、そういうわかりやすい個体が目立つことはありますし、メスは強いオスを求めますから、大きな個体がえらばれることは確かにあります。でも、たいていは外見の判断ではなく、「声」でえらびます。

──『人は見た目が9割』という本が以前ベストセラーになりましたが、『ペンギンは声が9割』という感じでしょうか。

上田:ええ、そうですそうです(笑)。ペンギンは視力もいいのですが、聴覚もものすごく発達しています。人間以上に幅広い音域を細かく聞き分けられるんですよ。

──すごい!

上田:オスはメスがやってくるときに、遠くに姿が見えると途端に歌いはじめます。これを「恍惚のディスプレー」と言って、高い声でいろいろな歌を歌いはじめるんです。そうするとメスはそれを聞いて、気にいったオスのところに近づいていくわけです。

──相手をえらぶのはメスなんですか?

上田:そうです。これはすべてのペンギンがそうで、相手をえらぶ権利はメスのほうにあります。ただ、毎年くり返されますから、前の年つがいになって無事ヒナを育てた思い出が残っていると、オス、メスともにその声を探すんです。だから、メスは聞き覚えのある歌声をするオスに近づいていく確率が非常に高いです。毎年ペアが変わるわけではありません。

──ああ、そうか。毎年くり返されるのですものね。浮気しないで、また同じ相手をえらぶのかあ。

上田:ペンギンはまじめなんですよ(笑)。ただ、前の年、つがいだったとしても、その後、どちらかが亡くなることがあります。海にいる間に天敵に食べられてしまったかもしれない。そういう個体はつがい相手を変えます。

──そのときも「声」でえらぶのですか?

上田:はい、声を気にいるかどうかかがとても大きいです。我々は「ディスプレー」っていう言い方をしているんですけど、つがいができるまでのある決まった「儀式」みたいなものがあります。「広告歩き」と言って、オスが「声」をあげてゆっくりと歩きながら、後ろにいるメスのほうをチラ見するんです。メスがこのオスを気にいった場合はついて行きます。こうして二羽で歩いていって、やがてオスが振り向いて、交尾をします。

──メスがついて行けば、オスを気にいったということですね。オスがこれを拒絶することはないのでしょうか?

上田:オスが拒絶することはありません。

──ないんですか! ちなみに、「声」でえらぶということでしたが、どんな声が好まれるのでしょうか?

上田:そうでしたそうでした、それをお伝えしないといけなかった。メスは「低い声で長く鳴ける」オスをえらびます。どうしてかわかりますか?

──うーん、どうしてでしょう。渋い声の男性は、どの世界でもモテるということでしょうか……。

上田:あはは。人間界ではそういうことはあるかもしれませんね。ペンギン界では、ちょっとちがって、「低い声」は体が大きいことを示し、「長く鳴ける」は肺活量があることを示しています。つまり、体力がある、ということです。

──ああ、強い個体だということですか。

上田:そうです。きびしい南極で、産卵し、ヒナを育てるのは、本当に過酷な仕事です。オスは長期にわたって何も食べずにじっと耐えないとなりません。だから強くないといけない。メスは本能的に、オスの「声」からそれを感じとるわけです。

──なるほど。産まれてくるヒナのためにも、強いお父さんのほうがいいですものね。それが声にあらわれるわけですか。こうして相手が見つかり、交尾をして、産卵ですね。交尾してから卵が産まれるまでは、どのくらいの時間がかかるのでしょうか?

上田:そんなにかかりませんよ。一週間くらいですね。産むのはひとつだけで、長楕円形の卵です。皇帝ペンギンはペンギンのなかでもっとも大きな種類ですから、卵もいちばん大きいですし、鳥類のなかでも大きいほうですよ。

──卵はどうやって温めるのですか?

上田:卵はオスが温めます。

──オスが温めるんですか。

上田:そうです。まず、メスとオスが向かい合います。このときメスは、足の上に卵を乗せています。で、二羽で足元を見ながら、メスがころんとオスのつま先あたりに卵を転げ出します。すると、オスはそれをくちばしで手前に引き寄せながら、足の上に乗せます。

──それはどのくらいの時間で行われるのでしょうか?

上田:ほんの十秒ぐらいの間ですばやく行います。下は氷ですから、卵をいつまでも転がしておくと、卵の胚がもうそれだけで死んじゃうんですね。受け渡しのときに卵が割れてしまうこともあります。

──すばやく、慎重にやらないといけないわけですか。足の上に卵を乗せたオスは、どうやってそれを温めるのですか?

上田:おなかの下のほう、股のあたりに、だぶついた「抱卵嚢(ほうらんのう)」という皮のようなもので卵を覆い、温めます。オスは卵が氷の上に落ちないよう、じーっと温め続けます。じゃあ、メスはどうするかというと、海に帰るんです。

──え? 一緒に卵を育てないのですか?

上田:はい、メスはオスに卵を渡すと、すぐに海に戻っていくんです。

なぜ、メスは海に戻るのか?

──なぜ、メスは卵を置いて、すぐ海に戻っていくのでしょうか?

上田:海に食べ物を採りにいくんです。もうそれしかありません。体力を回復するっていうことですね。メスが産む卵というのは、メスの体重の十分の一ぐらいの重さです。これを体の外に出すことになります。メスはくたくたなんですね。早く何か食べないと、もうそれ以上寒さと戦えない。ですから、先に戻っていきます。

──来た道を戻るのでしょうか? となると、またかなりの時間がかかりますよね。

上田:そうです。帰るまでに3週間くらいはかかると思います。この間はもちろん何も食べられません。3週間近くかけてコロニーまでやって来て、産卵し、卵をオスに預け、また3週間くらいかけて海に戻っていく。体力の限界ギリギリの過酷な道です。そして海で10日から2週間ほど餌を食べて体力を回復し、オスとヒナが待つコロニーに餌を持って、再び帰るんです。

──わあ、またコロニーに帰るんですか。たいへんすぎる……。

上田:ええ、メスは自分の体力を回復するだけではなく、生まれてくるヒナの食べ物を運ぶことが最大の仕事です。メスはヒナの誕生の瞬間には立ち会えません。海に戻って食料を確保し、まだ見ぬヒナのいるコロニーに帰るんです。この間、おなかをすかせたオスとヒナは、メスの帰りをじっと待っています。

──うう、泣けてきました……。がんばれ、ペンギンファミリー!

上田:でも、すべてのメスがヒナの元に帰れるわけではありません。海ではヒョウアザラシなどの天敵が待ち構えていますから、やられてしまうことも多い。途中でクレバス(氷の裂け目)に落ちて亡くなる子もいます。

──メスが帰ってこないと、オスとヒナはどうなるのでしょうか?

上田:メスが帰ってこないと、待っているオスとヒナは共倒れで死ぬこともあります。あるいは、おなかをすかせたオスがメスの帰りを待ちきれずに、ヒナの育児を放棄して、自分だけ海に食べ物を食べに行ってしまうこともあります。こうなると、ヒナは生きられません。

──メスの責任は重大ですね。夫と子どもの命運を握っているわけですか。それにしても、過酷な責任だ……。

上田:はい、メスはコロニーに帰ることが使命なんですね。帰らないと、自分の夫と子どもは死んでしまいますから。

──そのとき、つがいにならなかったというか、あぶれたメスのペンギンが、本当のお母さんの代わりにヒナを育てる、ということはないのでしょうか?

上田:すごくいいご質問ですね。それをやるんじゃないかと、昔から我々も考えているのですが、そういうシーンは観察されていません。

──そうなんですか。

上田:メスが卵をオスに託すときには、卵のなかではもう胚の形成がはじまっていまして、オスとメスは無言じゃなくて鳴きながら卵を受け渡ししています。卵のなかの胚は、それを聞いてるんですよ。それで、メスが帰ってきて鳴いたときに、ヒナは「お母さんの声だ!」とわかるんです。

──へー、鳴いただけで!

上田:ヒナだけじゃなくて、オスもメスの声を暗記していて、鳴き声によって自分の妻だとわかります。オスは一旦つがいになったらそのシーズンは別のメスとペアを組むことはありません。かならず同じペアです。ですから、メスが帰ってこなくても、ほかのあぶれたメスがそれに入れかわって、そのヒナを育てることはないんです。

──本当にメスが帰ってこないと、その一家は生きていけなくなるのですね。

上田:そうです。メスが帰ってこなければ、オスとヒナが共倒れするか、オスが育児放棄してヒナを死なせるか、この2つの可能性しかありません。オスとヒナだけで生き残る、ということは残念ながらないんです。

──メスが海で食料を確保してコロニーに帰る間、オスとヒナはどうしているのか、気になるところなのですが、それをお聞きする前に、ひとつ疑問がわいてきたので教えていただきたいです。

上田:はい、なんでしょうか?

──「メスはヒナのために食べ物を持っていく」ということですが、どうやって食べ物を運ぶのですか? 手で持っていけるわけでもないし、リュックをしょってるわけでもないし……。

上田:不思議でしょ。

──はい、不思議です。

上田:胃のなかに貯めているんですよ。

──えっ、胃のなかですか! そんな、胃のなかに入れたら消化されちゃうじゃないですか。

上田:それがね、消化されないんです。皇帝ペンギンよりも、もっとすさまじい例がありまして、「キングペンギン」なんですけれど、彼らは繁殖地から1万2千キロ離れた海上まで行って、そこでイカを食べて帰ってくるんです。その間、そのイカは消化されていません。自分のための分は消化してるんですが、ヒナに残す分は消化されてないんです。

──自分の分だけ消化して、ヒナの分は消化しない⁉ そんなことが可能なんですか?

上田:胃のなかに、消化をおくらせる酵素があるんです。

──消化を遅らせる酵素?

上田:はい、そうです。親鳥がヒナに餌を与える様子を観察していると、その餌が透明の膜でコーティングされているのがわかります。餌自体がとても新鮮な印象をうける。研究者たちの間で「あの膜は何だろう? カプセルみたいだよね」って言ってて、昔から謎だったんです。

──その謎は解明されたのでしょうか?

上田:あるとき、それを分析した生化学者がいまして「これは分解されてない、消化されてない」っていうわけですよ。ということは、何か酵素があるよねっていうことで、キングペンギンで本格的に調べたんです。

──その結果?

上田:酸化防止の効果がある酵素が、繁殖期の親鳥たちの胃のなかで出ていて、それが飲み込んだ餌の全部じゃないんだけれども、半分以上ぐらいの分にくっついて酸化させないことがわかりました。胃のなかですから体温がけっこう高いし、胃酸もあります。この2つに耐えるんですね。

──そうやって鮮度を保つわけですか。すごいですね。皇帝ペンギンの場合、主な食料はなんですか?

上田:アジ、イワシ、イカ、エビ、場合によってはタコなんかも食べます。

──それを胃に蓄えて、ヒナのところに帰ってくるわけですね。

上田:ええ、そうです。皇帝ペンギンの場合は、4キロから5キロくらいの食料を胃に入れて帰ってきます。ヒナにあげるときは、それらを少しずつ胃から吐き出してあげます。

──吐き出すんですか。それも少しずつ……。親は偉大ですね。

オスの絶食とペンギンミルク

──メスは卵を産み、それをオスに託して、海に戻ってヒナのために食料をとる。この間、オスはどうしているのでしょうか?

上田:よくぞ聞いてくださいました。メスの過酷な様子をお話ししてきましたが、オスはさらに深刻な状況を迎えています。オスはずーっと食べずにいますから。

──はい、それが気になっておりました。メスの産卵後、すぐに卵を渡されてから、その卵がかえるまではどのくらいの時間がかかるのでしょうか?

上田:2週間くらいです。ヒナが生まれても、しばらくは卵と同じように、足の上に乗せて、股のところで温め続けます。食料については、オスが海から氷の上に帰ってきて、コロニーを形成する時点では、胃のなかに入っていました。先ほど胃に蓄える話をしましたが、これはオスも同じです。

ヒナがかえってはじめのうちは、それを少しずつあげますが、すぐになくなってしまうんです。なにせ、そこまでで2か月半から3か月は絶食していますから、何も胃に残らなくなっちゃうんですね。

──ヒナに餌を与えるどころか、自分の分すらないわけですか。

上田:自分のための栄養はどうするかというと、「自己消化」をするんです。

──自己消化?

上田:ノーベル賞をとられた生化学者の研究によってわかったことです。人間も自己消化をしています。人間が自己消化しているのは体内にある「脂肪」ですね。それから、口腔内と、食道と、消化管のなかの内細胞、つまり「粘膜」です。これが剥がれ落ちますから、それを消化しているんです。そして、体内に再吸収します。

──ペンギンも同じことをするのでしょうか?

上田:ええ、これと同じようなことをペンギンもします。そうして何とか生き延びている。ところが、ヒナが衰弱しちゃうわけです。それで、どうするかというと、その自己消化分の食道と胃壁の内壁が剥がれ落ちた白いゲル状になった細胞膜の塊をヒナに与えます。これを「ペンギンミルク」と言っています。実際に白く見えるんです。

──オスは、胃のなかに蓄えた食べ物がなくなって、ヒナにやる分がなくなると、自分の胃液を与えるわけですか。

上田:「胃液」ではなく、「胃壁」です。身を削ってヒナを救うんです。オスの体重はこの時点で海にいたときの半分になっています。そこからメスが戻ってくるまで1か月も耐えるんです。本当に辛抱強いですよ。

──しかも、ヒナを足の上に乗せて温め続けているんですよね。

上田:そうです、そうです。寒いときは風速60メートル、マイナス60度、体感温度はマイナス120度ですからね。氷の上にヒナが降りたら、一瞬で凍ってしまうこともあります。

──ということは、オスはただただじっとして、動かないのでしょうか?

上田:いえ、かなり動きますよ。というのは、毎日のようにブリザードがくるんです。凄まじい風と寒さです。ここで、ペンギンならではの「ハドリング」という行動にでます。ハドリングというのはアメリカンフットボールなんかで使う用語なのですが、ペンギンたちはおしくらまんじゅうをするように身を寄せ合って集まり、風をしのぐんです。

──へえ、おしくらまんじゅうですか。

上田:ええ、身を寄せ合って、くちばしを群れの内側に向けます。風上に向かって背を向けるわけですね。こうすると、集団の内側にいるペンギンたちは、風の影響を受けにくいでしょ。

──風をしのぐ知恵なのですね。でも、それじゃあ外側のペンギンたちは寒いのでは……。

上田:はい、だから、集団がぐるぐると動きながら外側にいたペンギンたちが、内側に入っていき、内側にいたペンギンたちが今度は外側にいく、という風に内と外が入れ替わっていくんです。

──なるほど。場所が入れ替わるわけですか。

上田:これを、親鳥たちは卵やヒナを足の上にキープしながら行うわけです。しかし、あまりのブリザードによって親鳥が倒れてしまって、卵やヒナが外に出てしまうと、一瞬で凍ってしまうこともあります。

──なんという過酷な……。

上田:ずっとつま先側を上げて、ヒナが外に落ちないようにしています。その状態で何も食べず、ハドリングしながら、ブリザードをしのぎます。子孫を残すために、そこまでするんです。偉大な生き物ですよ。そうこうしているうちに、メスが戻ってきます。

──ついにですか! メスは、まだわが子に会ったことがありませんよね。

上田:おっしゃる通りです。卵のときにオスに預けて海に行きましたからね。

──わあ、いよいよ感動の初対面ですね!

<上田先生のインタビューは2018年11月に『ペンギン飛行機製作所』HPに掲載した記事を再構成しました>

Photo by Shutterstock

撮影:鈴木 江実子 / 文:黒川 精一(ペンギン飛行機製作所所長)

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