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認知症は「周りを困らせる」と決めつける前にそもそも考えてほしいこと
認知症の人は「周りを困らせる存在」──。そんなイメージが私たちの中に根強くありますが、実は本人こそがいちばん困っています。
「認知症のある方が実際に見ている世界」をスケッチと旅行記の形式でまとめた『認知症世界の歩き方』(ライツ社、2021年)の著者で特定非営利活動法人イシュープラスデザイン代表の筧裕介さんと、認知症の思い込みやイメージの偏りに一石を投じる1冊として今年1月に発売を迎えた『早合点認知症』(サンマーク出版)の著者で、認知症専門医の内田直樹さんに認知症の実像や医療現場での発見などについて聞きました。
(司会:武政秀明/SUNMARK WEB編集長)
◎前編はこちら
「謎の行動」の向こうにある理由
武政秀明(以下、武政):筧さんは『認知症世界の歩き方』の執筆に際して、100人もの認知症の方にインタビューされましたが、そこから見えてきた風景とはどのようなものでしょうか?
筧:周囲からすると「謎の行動」と見える言動の背景には、必ずその人なりの理由があって、仮説を立てることができるんです。一緒に暮らしているご家族も謎の行動に無理やり付き合わされて何かをやらされるのが非常にしんどいと感じている。
そういうご家族のかたが本を読んでくれたり、私の講演に来てくれたりして「もっと早く知りたかった。どういう理由で行動しているかということがわかっていれば自分の行動も変わっただろう」という感想を教えてくれたりします。知ること、理解すること、認知症当事者の視点に立つってことはもっと広がると、ご家族も幸せになるし、本人も楽になるんじゃないかと。
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特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表"
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
武政:どんなことが「謎の行動」なんでしょうか。
筧:これは丹野智文さんというアルツハイマー型認知症当事者の方からお聞きしたお話ですが、あるご夫婦がいて旦那さんは汚いニット帽を脱ごうとせず、洗濯したいからと脱がそうとする奥さんに対して抵抗してしまっていました。普通なら「なぜそうするのか」と考えるはずですが、「認知症だから」という理由で思考が停止してしまうんです。みなさん、ご本人の中に何かがあるっていうふうに考えることがなかなか起きない。
実はその方は、頭上から木が垂れてきているように見えていて、頭の怪我を防ぐために帽子を被り続けていた。本人にとっては切実な理由があったんです。でも、「認知症だから」と決めつけてしまうと、その背景にある本人の体験や思いに気づくことができない。少しでもそこで考えよう、どういうことが起きているんだろうっていうふうに考えるだけでずいぶん違うはずです。
内田:その通りですね。認知症というと「周りを困らせる」というイメージが強いですが、まず本人が困っているというのが大前提なんです。暮らしの中での困りごとがあって、その背景に認知機能の変化がある。その認知機能の変化の原因が何らかの疾患名というわけです。
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認知症専門医、医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
診察室での「謎解き」
武政:確かに「認知症だから仕方ない」と片付けてしまいがちですが、その行動には必ず理由があるということですね。内田さんは臨床の現場で、そういった「謎解き」のような経験を数多くされているそうですね。
内田:はい。例えば、デイケアでお風呂に入浴中に突然興奮してしまう男性がいました。体格の良い方で、家では奥さんと一緒に穏やかに入浴できるのに、デイケアでは決まって大パニックになってしまう。
なぜだろう?と考えた時に、「入浴中という記憶を保ち続けるのが難しいのではないか」という仮説を立てました。目の前に見知らぬ人がいて、自分が裸でいることに突然気づいて不安になっているのではないかという仮説を立てたんです。
そこで、お風呂に入っていることを本人が理解していれば問題ないだろうということで、介助している人たちが入浴中ずっと「今お風呂に入ってますよ。気持ちいいですか?」と声をかけ続けることにしました。また、2人1組で前にいるスタッフが声かけをしながら、もう1人のスタッフが後ろから支援する体制を整えました。
すると、最後まで穏やかに入浴できるようになったんです。自宅では見慣れた環境と奥さんの存在が安心材料になっていた。その安心感を、私たちなりの方法で補うことができたわけです。
武政:なるほど。環境によって大きく状況が変わるんですね。他にも印象的な事例はありますか?
内田:はい。例えば、施設に入所時は穏やかだったのに、しばらくして興奮することが増えた方がいました。施設のスタッフは認知症の症状が進行したのかと心配していたのですが、実は伸びた鼻毛が気になっていただけだったんです。鼻毛を切ったら落ち着かれました。
また、数日おきに興奮する方がいて、よく観察してみると便秘が5、6日続いている時に症状が出ていることがわかりました。便通のコントロールを整えたら落ち着かれました。虫歯の痛みが原因だったケースもありました。
私たちは周囲を困らせる行動や症状を「チャレンジング行動」と呼んでいますが、この行動の背景には、必ず何らかの理由があるんです。特に中等度から重度の方は自分で説明するのが難しいので、私たちが丁寧に観察して推察していく必要があります。
武政:そうすると、家族や介護者は、その行動の理由を本人に確認することはできるのでしょうか?
筧:その方の状態にもよりますが、本人が何かを伝えようとしているのに、それを「認知症の症状」として片付けてしまうと、大切なメッセージを見逃してしまいます。先ほどご紹介したご夫婦の例でも、最初は旦那さんが何か言おうとしていたのかもしれない。でも、その時点で「認知症だから」と思考が停止していると、その声を聞き取る機会を逃してしまう。たとえうまく言葉にできなくても、本人からの何らかのサインはあるはずなんです。
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「経験専門家」としての当事者
武政:お二人は当事者こそが「経験専門家」として重要な存在だと指摘されています。
内田:その通りです。例えば、企業が認知症の方向けの製品を開発したいと相談に来た時、「認知症の専門家は当事者だから、当事者の話を聞きましょう」とお伝えします。実際に当事者の意見を反映して、エプロンやバッグが開発されました。
バッグは「中に入れたものを忘れてしまう」という声から、外側に透明なポケットをつける工夫が生まれました。エプロンは「後ろで紐を結ぶのが難しい」という声から、パチンと留められる仕様になりました。これらの製品は今、福岡市の企業で実際に商品化されています。
筧:医療や福祉の世界では、介護する側の効率性ばかりが重視されがちです。教育の世界でも同じで、「先生が教えやすい」という視点が優先されてしまう。でも本来は、体験の主役である当事者がしっかりとものづくりに関わっていくべきなんです。
内田:そうですね。最近のガスコンロは音で操作を教えてくれるなど、わかりやすい設計になっていて高齢者に人気です。実は私も、テレビの機能の2割ぐらいしか使いこなせていない。認知症フレンドリーな商品は、実はみんなに優しい商品なんです。
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複雑化する社会の中で
武政:社会の仕組み自体が認知症の方々の生活を難しくしているように感じます。
筧:その通りです。特に日本の場合、市場が成熟していて、メーカー同士が小さな差別化を競い合っている。その結果、製品がとても複雑になってしまう。たとえば、コンビニで飲み物の種類が何十もある国は日本だけです。
都市の近代化も同じです。たとえば、農村部で一人暮らしをしている方が、近所のお店で買い物をして、郵便局でお金をおろして、隣人と仲良く暮らしている。認知機能が低下していても、その環境では特に困らない生活ができているんです。
ところが、スーパーが無人レジになり、ATMしか使えなくなると、突然生活が立ち行かなくなる。都会の息子さんの家に呼び寄せられても、高度に管理された都市環境では何もできなくなってしまう。つまり、認知症による生活の困難は、社会のデザインによって大きく左右されるんです。
内田:認知症の方が多数派になっていく時代です。そして、私たちもいずれ認知症になる可能性がある。だからこそ、認知症の方の視点に立って社会をデザインしていく必要があるんです。
武政:認知症の人が暮らしやすい社会は、結局のところ、誰もが暮らしやすい社会なんですね。
筧:はい。重要なのは、「認知症だから」と決めつけるのではなく、一人一人の体験や思いに耳を傾けること。そこから、新しい気づきや解決策が生まれてくるはずです。
◎後編はこちら
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【プロフィール】
筧 裕介(かけい ゆうすけ)
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン 代表
1975年生。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。慶應義塾大学大学院特任教授。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design を設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。2017年より認知症未来共創ハブの設立メンバーとして、認知症のある方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。 代表プロジェクトに、東日本大震災のボランティアを支援する「できますゼッケン」、妊娠・出産・育児を支える「親子健康手帳」、300 人の地域住民とともに未来を描く「みんなでつくる総合計画」、認知症とともにより良く生きる未来をつくる「認知症未来共創ハブ」、他。 GOOD DESIGN AWARD 2019 BEST100「SDGs de地方創生」カードゲーム開発者。 日本計画行政学会、学会奨励賞、グッドデザイン賞、D&AD(英)他受賞多数。著書に『地域を変えるデザイン』、『ソーシャルデザイン実践ガイド』、『人口減少×デザイン』、『持続可能な地域のつくりかた』『認知症世界の歩き方』など。
【プロフィール】
内田直樹(うちだ・なおき)
認知症専門医。医療法人すずらん会たろうクリニック院長、精神科医、医学博士
1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。2010年より福岡大学医学部精神医学教室講師。福岡大学病院で医局長、外来医長を務めたのち、2015年より現職。認知症の専門医として在宅医療に携わるかたわらで、福岡市を認知症フレンドリーなまちとする取り組みを行なっている。NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク常任理事、日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員、日本在宅医療連合学会専門医・指導医・評議員、など、認知症や在宅医療に関わる団体において役職多数。自身でもプログラミングを行うなど、テクノロジーの活用にも積極的である。編著に『認知症プライマリケアまるごとガイド』(中央法規)がある。
サンマーク出版の公式LINE『本とTREE』にご登録いただくと、『早合点認知症』の実際と同じレイアウトで目次を含み「はじめに」「第1章 認知症はこう「誤解」されている」まで冒頭49ページをすべてお読みいただけます。ご登録は無料です。ぜひこの機会に試し読みをお楽しみください!
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(取材・構成:武政秀明/SUNMARK WEB編集長 撮影:吉濱篤志/フォトグラファー 編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)