3〜5歳の子どもが「テレビから学習できる」という科学的根拠
小さい子どもにテレビやタブレットを見せることは、発達や学習などの面で何らかの影響があるのでしょうか。
アメリカ・ブラウン大学経済学部のエミリー・オスター教授が経済学者として膨大なデータにあたり、そこから得た知見と、自身の子育て経験を交え、全てに科学的根拠を求めた『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』は、視聴内容に注意することは必要になるものの、3〜5歳の子どもはテレビから学習できると解説しています。
テレビのデメリット
親として告白する。私はテレビが学習の機会になるとは考えたこともなかった。
うちの子どもたちはテレビを多少は見るが、私が何かをしなければならない時間に集中している。週末の夕方、まる1日子どもたちと過ごし、夕食の準備にかからなければならないとき、30分テレビを見せておくととても助かる。
静かな気晴らしを求めている親が知りたいのは、テレビが学習機会になるかどうかではなく、有害かどうかということだろう。テレビは子どもの脳を腐らせるのではないか。
3歳未満で視聴時間が長い子は「テスト」が悪かった
多くの研究はイエスと答えている。たとえば、2014年の研究では、就学前にテレビを多く視聴している子どものほうが、「遂行機能」(自己管理、集中など)が弱かった。2001年の研究では、テレビをよく見る女の子のほうが、肥満が多く見られた。
これらは一例に過ぎず、数多くの研究でテレビの視聴時間と子どもの学力低下との相関関係が報告されている。中でも影響力が一番あるのが、2005年のフレデリック・ジマーマンとディミトリ・クリスタキスの論文だ。
全米規模の大きなデータセットを用い、乳幼児期のテレビ視聴と6〜7歳の子どもの学力テストの得点の相関関係を調べようとした。子どもたちは2つの時期でのテレビ視聴時間によって、4つのグループに分けられた。3歳未満の時期と3〜5歳の時期で、それぞれ視聴時間が1日3時間以上の「高視聴」グループと、それに満たない「低視聴」グループだ。
20%の子どもが、3歳未満の時期と、3〜5歳の時期の両方で、1日3時間以上テレビを視聴した「高・高」グループになった。26%が「低・高」グループ(3歳未満では視聴が少ないが、3〜5歳は多い)、50%が「低・低」グループで、「高・低」グループはわずか5%だった。
6歳時の算数、読み、語彙のテストの得点に、グループ間で違いがあることが報告された。3歳未満でテレビ視聴時間が長いと、学力テストの得点が低くなることが示唆されたのだ。差は大きくないが、IQ値では2点に相当する。
この論文の著者らのように、このデータからテレビはよくないというエビデンスを求めたいなら、3歳までの高視聴があてはまりそうだ。
「3歳以降」ならテレビは悪になりにくい
だが、年齢が大きくなると視聴は問題がないと思える。たとえば、3歳前にはほとんどテレビを見なかったが3〜5歳の間にたくさん視聴した子どもと、3歳以前も以降もあまり見なかった子どもを比較すると、テストの得点は変わらなかった。それどころか、後からたくさん見た子どものほうが、テストの得点は高かったのだ。
大きな子どもにはテレビを見せないという意見に水をさす結果だが、表面上は3歳までテレビは避けるという推奨に根拠があることを示唆している。
一方、注意すべきこともある。まず、この研究の子どもたちは、かなりテレビを見ている。3歳前の平均視聴時間は、1日2.2時間で、「高」視聴グループは、1日3時間以上も見ていた。これをもとに、1週間に2時間のテレビ視聴を許すかどうかというような問題を推測するのは、難しい。
第2に、著者らは調整しようとしていたが、視聴時間の長い子どもとそうでない子どものすべての違いを調整するのはかなり困難だ。サンプルの子どもたちの大多数(75%)は、出生時から3歳まであまりテレビを見ていなかった。すると、視聴時間の多い子は、どこか普通とは違うところがあったに違いない。
ほかの点ではなく、テレビだけが影響したとどうしてわかるのだろうか。わからないのだ。だから、解釈の難しい結果だといえる。
テレビ視聴と学力に「因果関係」はない
この第2の点について調整しようとした研究がある。
私の見たところ、最もすぐれた因果関係のエビデンスは、2人の経済学者による2008年の論文だ。著者の1人は私の夫だ(それとは無関係にいい論文であると思うので、あしからず!)。複雑な問題から因果関係の結論を出す好例だと思う。また、テレビに関する意思決定にも役立つ。
夫のジェシーと共著者のマットは、アメリカでは地域によってテレビが視聴できるようになった時期が違うという事実を利用した。テレビが普及し始めた1940年代と50年代には、テレビを視聴できた子どもと、できなかった子どもがいたのだ。地域でテレビが受信可能になった時期は、育児のほかの要因とは関連がないので、ほかの論文で生じた多くの問題を回避できた。
幼児期にテレビを視聴できたことと学齢期の成績の関連を調べると、幼児期のテレビの視聴がのちの学力テストの得点に悪影響を及ぼすことを示すエビデンスは見つからなかった。つまり、ほかのデータで見られる相関性は、因果関係ではないことを示している。
もちろん、1940〜50年代のテレビは今と違うが、当時の子どもたちは実は長時間テレビを見ていたので、視聴時間はあまり変わっていない。
これらの研究はすべてテレビに関するものだ。だが、今の子育て環境では、デジタル端末の画面を見ている時間が増えている。今や子どもでもスマホやiPadでテレビ番組を見られるうえ、ゲームやアプリもできれば、あらゆることができる。このいわゆる「スクリーンタイム」はテレビと同じなのだろうか? 制限すべきだろうか。
厳密には、まだわからない。いくつか研究はあるが、大きな欠陥がある。ある論文は、生後6か月から2歳までの間にスマホの使用が多い子どもほど言葉の発達が遅れると発表し、メディアの注目を集めた。
だが、これも先ほどのテレビの論文と同じ問題がある。もっと極端な例かもしれない。家族の特徴と、6か月の赤ちゃんがスマホを使った時間に相関性があるのではないか。そうした特徴が言語発達の遅れと関連しているとはいえないのだろうか。
もちろん、デジタル端末を長時間使ってもかまわないという意味ではない。本当にまだわかっていないということだ。
IQは本当に無害?──「ベイズ統計」で現実的に考える
この問題に関するデータはかなり限られている。入手できるデータからわかることは、次のようなわずかなことだ。
①2歳未満の子どもは、テレビからあまり多くを学習できない。
②3〜5歳の子どもは「セサミストリート」のような番組から単語などを学べるように、テレビから学習できる。
③最も質のいいエビデンスは、乳児も含めた子どもにテレビを見せても、学力テストの得点に影響しないことを示唆している。
これだけでも役立つが、答えがない質問もたくさんある。
iPadのアプリはいいの? 悪いの? テレビでのスポーツ観戦はテレビ視聴になるの? テレビの見過ぎになる時間はどのくらい? iPadでテレビ番組を見るのはどう? コマーシャルがないのはいいこと、悪いこと?
データはこうしたことに答えてくれない。ただ、アプローチを広げれば、もう少し前に進める。
統計学では、主に2つのアプローチがある。「頻度論的統計」と「ベイズ統計」だ。頻度論は、入手できたデータだけを用いて、データの関係を調べる手法だ。ベイズ統計は、事実についての事前の直観的な信念を出発点とし、それをデータによって修正していくことで、関係性を調べようとする。
直観的に「よくない」と思うことはだいたいよくない
1例を挙げよう。仮に、信頼できる研究で「『スポンジ・ボブ』のアニメを見ている子どもは、2歳で文字を読める可能性が高い」という結果が示され、これ以外にこのテーマを論じた研究はないとしよう。頻度論では、「スポンジ・ボブ」は素晴らしい教材だと結論せざるを得ない。
ベイズ統計からすれば、この結論は不明瞭だ。データを見る前であれば、2歳の子が「スポンジ・ボブ」で文字を学習するとは考えにくい。データを見た後であれば、この関係は本当だと考えておかしくないはずだが、初めからかなり懐疑的であれば、データを見てもなお疑わしいと考えるだろう。
ベイズ統計のアプローチは、世界について自分が知っていること(あるいは知っていると思っていること)をデータとともに結論に組み込む方法論だ。
なぜこのアプローチがここで意味を持つのだろうか。私たちはこの問題について事前の直観的信念を抱いていると思う。子どもの起きている時間は1日13〜14時間だ。そのうち8時間もテレビを見ていれば、ほかのことをやる時間はほぼなくなってしまう。これがマイナスの影響を及ぼさないとはとても思えない。
一方で、「セサミストリート」を1週間に1時間見たことで、子どものIQが下がるとか、長期的な影響があるとは想像できない。
iPadも同様の論理で考えられる。2歳の子が1日中iPadで遊んでいるのは悪影響がありそうだ。1週間に2回、30分ずつ算数ゲームをするのは、たぶんいいことだろう。
ここから始めれば、乏しいデータも役立つようになる。私たちが直観的にはわからないこと(ベイズ統計では「事前信念が弱い」という)について、データはまさに多くの情報を提供してくれるからだ。
親が「楽になる」効用を忘れずに
たとえば、私は赤ちゃんがビデオから学べるかどうか、直観的にはわからない。そのため、(ビデオからは学習できないと示している)データは有益で、役に立つ。
同様に、常識から1日に8時間テレビを見るのはよくなく、1週間に1時間ならいいと考えるが、たとえば、1日に2時間といった「正常範囲の視聴」については直観ではわからない。この問題についてはジェシーの研究が役に立つ。まさにこの視聴時間を調べ、影響なしと判定したからだ。
学力テストの成績とテレビの視聴時間の関係をすべて解明することはできていないが、事前信念(データを見る前の信念)と、データを見てわかることを組み合わせ、わかっていないところを埋めていくことはできる。
ここから、今後研究が増えれば解明できそうな点も明らかになっている。
多くの子どもは、毎日ある程度iPadやタブレットのアプリを使っている。これについての研究はそもそもないし、直観でわかるテーマでもない。子どもが使うのはいいことだという信念を持つかもしれない。iPadには算数や読み書き用のよくできたアプリがたくさんあるからだ。一方で、使わないほうがいいという信念も持てる。実際には学習はできないし、単にタップして遊んでいるだけだと思うからだ。
<本稿は『米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
エミリー・オスター(Emily Oster)
米アイビーリーグの名門校、ブラウン大学経済学部教授
【訳者】
堀内久美子(ほりうち・くみこ)
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