『BIG THINGS』世界政策に影響を与える著者が「理詰めでものを考える人にこそ読んでもらいたい」と言う理由
出版業界内で、「一度はお願いしたい」と言われる翻訳者・櫻井祐子さん。ベストセラーになっている『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(ベント・フリウビヤ、ダン・ガードナー/著)の翻訳を務めたが、この本、実は櫻井さん自身も太鼓判を押す、大のお気に入りだという。翻訳者だからこそわかる本書の魅力について伺った。
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■翻訳者も絶賛する画期的名著
梅田:『BIG THINGS』を翻訳しているときは、どんな心境でしたか。
櫻井:この手のビジネス書はアメリカ人の著者が多い中、ベント・フリウビヤ先生は珍しくデンマーク人で、オックスフォード大学の先生なんです。ポッドキャストでフリウビヤ先生の話を聞いていると、とても強い意志を持った方で、どこか「頑固者」のような芯の強さも感じます。なにしろIOCのバッハ会長に、オリンピックの超過コストについてもの申した方ですから! 学術研究という見地から是々非々で語る口調を聞いていたら、この本は絶対に信頼性が高いと思いました。そして私の母校の教授でもあるので、なおさら売れる本になってほしいという思いが強くありましたね。
梅田:内容も誠実で、本当に示唆に富んでいますよね。
櫻井:そうですね。ローマがオリンピック開催を計画したとき、フリウビヤ先生の研究が生かされ、現状では問題がありすぎると判断されて誘致を断念しています(2016年開催の立候補を断念)。市長が記者会見で、フリウビヤ先生の論文を手に持っていたのが強烈な印象でした。
梅田:「なぜオリンピックは予算超過・スケジュール遅延が常なのか」という分析も『BIG THINGS』で読み、非常に腹落ちしました。けど、現実に誘致政策に影響を及ぼしていたとは……。
櫻井:日本でも様々なプロジェクトが進められていますが、遅延・予算超過・便益が予想を下回る、というのは非常によくある話だと思うんです。でも最近では人件費や建築費の高騰、少子高齢化による人手不足など、深刻な問題が山積していて、今までのような無駄をもはや許容できないところにまで来ていると思うんです。一度選択すると、もう後戻りできないということを、真剣に考える必要があります。「そういった風潮を改めるべきで、しかもそのための方法はある」というフリウビヤ先生の主張が、もっともっと広がってほしいです。
■アメリカ運輸長官も愛読書に
櫻井:そしてこの本は、メガプロジェクト研究者のフリウビヤ先生と、ベストセラー作家のダン・ガードナーさんの2人で書いた本。フリウビヤ先生は何冊も学術書を出していて、学界では非常に高い評価を得ています。けれど、学術書を出すだけでは世の中は変わらないと考え、ダン・ガードナーさんと組んだ。結果、欧米で爆発的に売れて高く評価され、2023年の英米のビジネス書の賞を総なめにしました。ありがたいことに日本でも好評をいただいていてうれしい限りです。刊行直後から、Xで感想が続々投稿されていて……。
梅田:経営者の方をはじめ、ビジネスに精通した「その道のプロ」たちが熱いコメントをどしどし投下してくれてますよね! それを見た人が「読んで、感想を投下」→「またそれを見た人が読んで」と、どんどん輪が広がってくれている。著者のフリウビヤ先生も、その模様を見てくれていて、とても喜んでいたそうです!
櫻井:そうなんですか、うれしい! 著者さん本人に喜んでもらえるのもまた、訳者冥利に尽きますね! この本を話題にしてくださるインフルエンサーの方は、日頃から大きいプロジェクトを動かしている立場の方も多いようですね。ちなみに、フリウビヤ先生は、「理詰めでものを考えるエンジニアにこそ読んでもらいたい」と言っています。日本ではエンジニアやプログラマー、ゲーム開発者の方々もいち早く読んでくださっていて、日本の読者はさすがすごいなあと。
梅田:その想定を超えた広がり、それも遠く離れた日本でこれだけ受け入れられている、というのがフリウビヤ先生にとっては予想外で、より一層うれしかったのかもしれませんね!
櫻井:『BIG THINGS』は本当にすごくて、北米やヨーロッパでベストセラーになっているだけでなく、現在進行形で政策に影響をおよぼしているんです。アメリカの運輸長官も愛読者ですし、カナダのケベック州の州議会では、この本の内容を研究して政策の参考にしているそうです。実際に、議会にこの本(原書)を持ち込む議員の姿が写真に収められたこともあります。
梅田:すごいですね!
櫻井:ところで、本書の原題は『HOW BIG THINGS GET DONE』。翻訳書ではよく原書からタイトルが変わることも多いですが、今回のタイトルは梅田さんが考えられたんですか?
梅田:はい。メガプロジェクト研究から得られた知見がベースにある本ですが、“プロジェクト”という言葉をタイトルや帯に入れないことは決めていました。
櫻井:「メガプロジェクト」というキャッチーな言葉を、「入れない」と聞いたときは驚きました。
梅田:プロジェクトに関わっている人だけにしか読まれないことは避けたかったんですよね。「すべての仕事はプロジェクト」ではあるのですが、それを自覚していない人も多い。何より、編集者である僕の日々の実務にもとても示唆に富む内容だったので、より広く魅力的に思ってもらいたいと考えていました。中身に関しては櫻井さんに頑張っていただき、知識ゼロでもわかるようにかなり噛み砕いてもらいました。
櫻井:そして、できあがった本は装丁もいいですよね。絵が描かれていて、手に取りやすいデザインです。
■翻訳者にとっても大切な一冊
梅田:出版されてから2か月ほど経ちましたが、櫻井さんの中で『BIG THINGS』はどんな存在ですか。
櫻井:こんなにすごいスピードで広がっているのには驚きました。
梅田:Kindleでも人気が高いんですよ! 櫻井さんはXで読者さんと交流もされていますが、反応はどうですか。
櫻井:みなさんがコピーライター顔負けのすばらしい言葉で、最大級にほめてくださっていて(号泣)! 日頃からプロジェクト運営に心を砕いていらっしゃる方たちだからこそ、数十年間メガプロジェクトに向き合ってこられたフリウビヤ先生の主張がグサグサ刺さったのだと思っています! 本当にうれしいですね。
梅田:S N Sといえば、櫻井さん、ものすごい網の張り方してません? 本当にすべての人の投稿に目を通されている勢いでコメントやリポストされていて……櫻井さんきっかけで知った投稿、めっちゃあります(笑)。
櫻井:いや〜(汗)、私はとくに本が出てすぐ、自分の感性で本を選んで読んでくださる、「目利き」の読者さんに注目しているので、刊行後しばらくはエゴササーチならぬ、訳書サーチをしますね。翻訳するときに著者像だけでなく、読者さんの具体的なイメージを思い浮かべたいと思っているので。そして、ほめてくださっているのを見ると、やっぱり私もうれしくなっちゃって、つい反応してしまいますね。翻訳は基本引きこもってやる、とてもメンタルに悪い仕事だと思っているので、ポジティブなコメントは本当にありがたいんです。
梅田:一人でできる仕事ゆえのさみしさ……。
櫻井:そうなんです。それに、本が出たらランキングが数字で突きつけられるし、批判の矢面に立たされがちですし……。なので、優しい読者のみなさんに、いつも励まされ、助けられています。本当にありがたいなと思っています!
■編集のチームの一員として関わりたい
梅田:そういえば、櫻井さんから出版社に要望などはありますか。サンマーク出版への本音もぜひお聞きしたいです。
櫻井:サンマーク出版さんのことは、「情熱大陸」を見てから面白そうなことをされる出版社だなあと興味を持っていたんです。結構前かな? で、ノンフィクションの翻訳書に関わる翻訳者や編集者、エージェントが集まる会で、梅田さんが声をかけてくださって、「やった!」と思ったのが始まりですね。
梅田:出会いはそうでしたね!
櫻井:とにかく、「どこから探してきたんだろう」というような面白い本ばかり出されている印象ですね。ビジネス書も、一般的なビジネス書の範疇にはまらない、興味を引かれる本ばかり。これからも、知的好奇心が満たされる本の出版を企画していただきたいですし、翻訳書の場合はぜひ、私にもお手伝いさせてほしいと願っています。
梅田:ぜひ、僕からもお願いしたいです!
櫻井:『BIG THINGS』に関して言えば、サンマーク出版さんからこういう本が出ることに、とても意義があると思います。難しいテーマを扱った本でも、幅広い読者向けに読みやすいように編集され、実際にこれだけ多くの読者を獲得されているわけですから。率直にすごいと感じます。
梅田:ありがとうございます。編集者冥利に尽きますね。
櫻井:あと、私が出版社にお願いすることがあるとしたら、編集のチームに少しでも入りたいということですかね。
梅田:編集のチーム??
櫻井:先ほども言いましたが、訳者は本当に一人で根詰めてやっていることが多い生き物なので……装丁や広告の話も興味があるので、チャンスがあれば伺いたいし、デザインなんかも見せてもらえるととてもテンションが上がります! 梅田さんは装丁のラフも見せてくださいますよね。あれって、完成に近づいていることを実感すると同時に、自分も制作陣の一人であることを強く感じる瞬間で、とてもいいことだと思うんです!
梅田:あ、ありがとうございます! そんなふうに思っていただいていたなんて……(名前に間違いがないかのチェックで見せていると言いにくい……)
櫻井:あと、どうしてサンマークさんは、こんなに魅力的なタイトルをつけることができるのか、気になります。他国では原作を踏襲したタイトルにすることが多いみたいですね。
梅田:確かに日本はガラッと変えますね。
櫻井:翻訳者はタイトルの決定には関わらないので、私は、なるほど、そういう切り口で出すのか……と面白く見ています。タイトルをきっかけに手に取ってくれる読者がいるなら、本当に素晴らしいことだと思いますね。
梅田:タイトルは毎回迷いに迷っていて……これまで通り、櫻井さんにも相談させてください!
櫻井:はい! 「タイトルこうなりました」という連絡をもらうことはあっても、「こう考えてるけど、いまいちな気もして……今の時点ではこれです!」みたいな率直なお知らせも、一緒に考えられるので、とても楽しいです!
梅田:そこでもまた、櫻井さんの率直な物言いにとても助けられています(笑)。
櫻井:ハッキリ言いすぎてすみません(汗)。
梅田:著者、そして翻訳者のみなさんの原稿をしっかり届けるために、これからも頑張っていきます。今回は興味深い話をうかがわせていただき、ありがとうございました!
櫻井:こちらこそ! これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
梅田:ありがとうございました
(文・構成=山内貴範・編集=サンマーク出版 Sunmark Web編集部)