「努力と我慢が足りない」と頑張ってしまう人ほどポキンと折れてしまう理由
我慢強かったり、忍耐強かったりする人のメンタルが実は「強くない」ことをご存知でしょうか?
頑張って努力することは大事ですが、人間は疲れた体を休ませようとして、疲労感が強くなったり、うつっぽくなったりすることがあります。これは体調を突然崩すなど不慮のダメージを受けて、本能が「休め」とSOSを出しているのです。
そこで、もっと頑張ってしまうのが「子どもの心」。対して「大人の心」を持っていれば、自分の体のSOSを汲み取っていたわります。
『とにかくメンタル強くしたいんですが、どうしたらいいですか?』。過去2回の下園壮太先生との対話を通じて、40代ライター高木が「欲しい」と思わずつぶやいた「大人の心」について、今回は深掘りします。
◎過去2回はこちら
どうしようもないことを、がんばらずに、あきらめられる
高木:どうして、大人の心を持っていると、どんどんメンタルが強くなるんですか?
下園:メンタルが強い人というのは、自分に対する理解が深いです。「自分は緊張に弱い」とか「圧が強い人は苦手だからできるだけ避ける」や「睡眠が足りないとすぐメンタルがボロボロになる」など、自分の心に対する理解が深いと〝対策〟ができます。
高木:なるほど。
下園:これに対して子どもの心が強い人は、すべてを〝がんばり〟で克服しようとする。メンタルの強さってストレスに対する「対処力」と「我慢力」の総和なんです。だから、がんばること、我慢できることも大事。
ただ、子どもの心だけの人は結局「対処力」を伸ばせないのです。我慢には限界がありますから、強そうにしていてポキンと折れる。そして折れても原因は「自分の努力と我慢が足りなかった」の一択。自己理解にはつながりません。一方、大人の心があれば、トラブルを経験するたびに等身大の自分を知り、対応力を磨いていけるのです。
高木:「努力と我慢が足りなかった」一択の原因分析、私です。
下園:前回(我慢強い人ほど耐えきれず「うつになる」という逆説/5月15日配信)で、自分に対する理解が深いと対策ができる、という話をしましたが、自分の理解を深めるともうひとつできることがあります。何かわかりますか?
高木:え、何ですか? 全然見当もつきません。
下園:いい意味であきらめることができるんです。
高木:えーっと何をあきらめることができるんでしょうか?
下園:がんばってもどうしようもないことを、がんばらずに、あきらめることができるんです。ひとつの考え方に「しがみつかない」。がんばってもどうしようもないことをがんばるのって、とても苦しい。がんばってもどうしようもないことをがんばっている状態の人は生きづらさを感じているはずです。
現代人は「大人の心」を育てづらい
【「大人の心」とは】
・柔軟な心
・ひとつの考えにしがみつかない心
・自分の心について理解が深い
・自分の味方になってくれる
高木:あ、さっきのスーパーマンの話と似ていますね。
下園:そうです。そうです。
高木:柔らかな心、大人の心を持っている人が、どんどん心が強くなる、というのは理解できました。どうして、私はいい年をして、「子どもの心の強さ」しか持ち合わせていないんでしょう。恥ずかしすぎる。
下園:そのための訓練を、あまり積んでこられなかったからです。よくも悪くも今はそういう時代なんです。たとえば、ひと昔前は、子どもは成長する中で自然と「大人の心の強さ」を身につけていくことができました。それは「農作業」を手伝ったり、農作業をする大人の姿を間近に見たりしてきた経験が豊富だったから。
農作業というものは、すぐには成果が出ませんよね。年単位でじっくりこつこつとやるしかない仕事で種をまき、苗を植えて、ようやく収穫できるかなという頃に台風がやってきて、ほとんどの作物を奪っていく。そんなことも珍しくありません。
高木:そうですね。せっかくがんばり続けてきたのに、心が折れますよね。
下園:それでもあきらめずに、翌年も種をまく大人の姿を見て、子どもは「人生の理不尽さ」や、ようやく収穫した作物をみんなで分かち合うことの意味を知ることができたわけです。
でも現代では、そういった経験って、ほぼゼロでしょう? 単純なたとえですが「ロールプレイングゲームで遊び始めて、思うようにいかなくなったら、リセットボタンを押せばいい」。そんな安易な思考グセがついている人たちが、多いんです。
苦労を生身で体験したり、理不尽な目にあったりする経験を積めない場合、「子どもの心」のまま大人になり、いざ社会に放り出された途端、人間関係はじめ、「理不尽な事柄」に耐えられなくなる、というわけです。
高木:なるほど。就職してから理不尽な目にあっても「ちょっと遅い」というわけですね。
40代の高木、今から大人の心を手に入れられる?
下園:うーん、遅いというわけではないのですが「遅い」よりは「早め」に「理不尽さを切り抜ける経験」を積むことができれば理想的ですよね。とはいえ、「理不尽さ」につぶされてしまう危険性もありますから、その塩梅が問題なんですが。ただ、人との生身のコミュニケーションが、理不尽さを乗り越え、しぶとく生き抜く能力を磨いてくれるのは間違いありません。
高木:そうか。SNSだったら、「イヤな人」はブロックして終わりですが、現実社会ではそうもいかないですもんねぇ。
下園:はい。だからこそ、「大人の心が育まれる」というわけです。
高木:先生、私はいったいどうすればいいんでしょうか。40半ばにもなって、今から「大人の心」を手に入れたいだなんて、間に合いますかね?
下園:もちろん。あと、誤解をしないでくださいね。高木さんのこれまでの人生を、僕は否定しているわけじゃありませんから。高木さんも、あなた自身の「子どもの心」の強さを全否定する必要はありません。「子どもの心」「大人の心」、どちらも、高木さんを守るために発動される、必要なものなんです。
ただ、「子どもの心の強さ」ばかりにこだわっていると、疲れたときに休養できないばかりか、「自己嫌悪」「自責感」「自信の低下」が加速し、自分を許せなくなってしまうから気をつけてほしいんです。
高木:「自己嫌悪」「自責感」「自信の低下」が加速? ヤバいです、それ全部、私に当てはまっています(笑)。
下園:カウンセリングの場では、まずは心の奥底に眠っている、その人自身の「子どもの心の強さ」を認識してもらいます。さらに、その力を少しずつゆるめながら、「大人の心の強さ」を身につけていくトレーニングを行っていきます。
たとえば、つらいことを口に出して表現することが苦手だった人も、トレーニングを積めば、臆することなく話せるようになります。大事なのは、焦らないこと。それに尽きます。
「理不尽」を知る体験がもっと必要
高木:わかりました。じゃあ、ここまでをまとめると、「がんばればなんとかなる」と思っているうちは、「子どもの心の強さ」しか持てていないということでしょうか?
下園:そうですね。正確には、「自分さえがんばれば、なんとかなる」でしょうか。自分さえがんばればいい、と思っていると、どんどん自分で我慢して、抱え込んでしまいます。子どもの頃から、「自分が我慢すればいいんだ」という考えをずっと持ち続け、たとえ50代でも、60代になっても持っている人はいます。なぜなら今は、よくも悪くも近代化、文明化が進みすぎて「子どもの心の強さ」だけでも暮らしていけるようになっているんですよ。
たとえばお金が少しあれば、人と助け合ったりしなくても、食料を調達して、それなりにおいしいものを食べて生きていける。また、お金を稼ぐことも、昔に比べれば手軽です。農業や漁業のような第1次産業に従事していれば、天候に振り回されることも多いのですが。
高木:「理不尽」を知る体験が、もっと必要ってことですか?
下園:そうですね。「ちょっとやそっとの努力で、手軽に報酬を得たい」と思っているうちは厳しいでしょうね。それこそ「正解」がない中で自分なりの最適解を探す経験が必要なんです。たとえば「米は競合の農家が増えて値崩れしてきたから、メロン栽培に切り替えよう」とか、それくらい高いレベルで、自分で判断を下す練習をしなきゃいけないんです。
高木:それは、かなりハードルが高い話ですね。
下園:たとえ話ですけれどもね。混沌とした状況の中で、他人に頼らず「自分で判断したことがうまくいった」という成功体験を積めると、自信は当然アップします。それに「大人の心の強さ」も鍛えられますよね。
高木:なるほど。「大人の心の強さ」「子どもの心の強さ」、よくわかりました。
「心の弱い人」と「心が弱い状態」は違う
下園:それはよかった。とにかく、大人の心を身につける、つまり心を柔らかくするためには、この心のメカニズムについて理解することが大事ですから。でも、急に「今から大人の心を目指します!」って張り切りすぎなくていいですからね。それでは逆効果になっちゃいますから。
高木:ドキッ。見透かされてる。じゃあ、なぜ逆効果なんですか? だって、「子どもの心の強さ」から「大人の心の強さ」に、なるべく早めに切り替えたほうがいいはずでしょう?
下園:高木さんは、そういうところががんばり屋さんというか、優等生気質が強い人なんですよ。これはもちろん、いい意味で言っています。でも、そういう人はえてして、標準よりもがんばりすぎる傾向が強いので要注意です。「絶対にこうなってみせる!」と完全を目指しすぎるのも、「子どもの心の強さ」の表れです。
それに高木さんは自分で自分を「心の弱い人」だと思っていると思いますが、そんなことはありません。今心が弱い状態にあるだけです。もともと心が弱いわけではありません。まああまりあわてず、大人の心の強さを身につけるために、心に対する「理解」を深め、少しずつ心が変わっていく体験をしてもらいます。
まずは、次回までの宿題を出しますね。自分を理解するためのちょっとした宿題です。自分がどんなときに、どんなことで〝自分を責めているか〟を観察してみてください。余裕があればメモをとるのもいいでしょう。読者のみなさんも、この本をじっくり読みたい人は取り組んでみてください。
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<本稿はとにかくメンタル強くしたいんですが、どうしたらいいですか?』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
下園壮太(しもぞの・そうた)
NPO法人メンタルレスキュー協会理事長。元・陸上自衛隊衛生学校心理教官