日本人が「挑戦を避けがち」という脳科学的な必然
「わかっているけど、できない」
誰もが経験するこの感覚の正体は、実は脳の賢い仕組みにあります。人間の脳は生命維持のために、できるだけエネルギーを使わないよう設計されているのです。
そして日本人には、遺伝的に「挑戦を避けやすい」という特徴もあります。しかし、これは決して克服できない壁ではありません。
「いつもと同じ」では生き残れない
どんな生物も、環境の変化に対応することが必要です。
自然科学者のCharles Robert Darwinは、よく知られているとおり「適者生存」という説を唱えました。
それは「最も強い種が生き残る」という意味ではありません。
「生態系に最も適応できる種が生き残る」、つまり「外的な変化に柔軟に対応して、自分自身も変わることができる種が生き残る」ということになります。
現代に生きる私たち人間だって、同じことです。日々楽しく、幸せを感じながら心豊かに生きていくためには、多かれ少なかれ「変わる」ことが必要です。
もっともそのためには「いつもの逆を選ぶ」ことが必要だったり、新たなことに「挑戦する」という姿勢が求められたりします。
たとえばビジネスの現場で言えば、次々と開発されるデジタルデバイス、ソフトやアプリ、その他各種機器やサービスに対応していくことが、どれだけ重要であるか、日々痛感している人も多いのではないでしょうか。これは私たち医師も同様です。
モノにまつわる問題だけに限りません。
人間関係においてもしかりです。
新たな人脈を築いたり、さして望まない集団の中で、自分の役割をまっとうさせることを求められたりすることも珍しくありません。
「転職後、新たな環境で人間関係をゼロから築いていかなければならない」
「毎日、違う企業を訪れ、営業活動をしなければいけない」
「突然、わが子の小学校のPTAの役員になった」
「もち回り制の町内会の世話役の順番が回ってきた」
そんなときに、「新しいものが、よくわからなくて面倒くさい」「知らない人と話すことがストレスでたまらない」などとネガティブにとらえ続けていては、その状況からなかなか抜け出せなくなってしまいます。
受け止め方をガラリと変えて、「いつもと違うことに挑戦する」「新しいチャレンジで自分を変える」と腹をくくる以外に、打開策はありません。
なぜなら、どんな事柄であっても、イヤイヤ行うとき、快楽物質のドーパミンは出にくいものだからです。
「挑戦」に踏み切りたいとき、どのように「やる気」を出せばよいのか。
日本人の脳は、遺伝的に挑戦を避けやすい
脳には「変わることが苦手」「同じことを続けることを好む」という性質があります。さらに、「日本人の脳は遺伝的に挑戦を避けやすい」という気質があることが、遺伝子レベルで判明しています。
ここでは「セロトニン」(serotonin)という神経伝達物質を軸に、日本人の気質について見ていきましょう。
セロトニンとは「幸せホルモン」と称される物質のこと。十分に分泌されていると、安心感を覚えたり、幸せを感じたり、やる気をうまく出したりすることができます。
さらに言うと、新しいことを恐れず、大胆な挑戦をしやすくなります。
反対に「セロトニンが不足すると、うつ症状が増える」という指摘があります。
セロトニンの量の調節に関わるのが、「セロトニントランスポーター」(serotonin transporter)という遺伝子です。一部のメディアではわかりやすく「不安遺伝子」と形容されることもあります。
セロトニントランスポーターには、「神経線維の末端から出たセロトニンを再び細胞内に取り込む」という機能があります。したがって、セロトニントランスポーターの数が多いとセロトニンを多く使い回せるため、安心感を覚えやすくなります。
しかし民族(人種)によって、セロトニントランスポーターの数は異なります。
日本人は、この「セロトニントランスポーターの数が少ない人」の割合が、世界でいちばん多いという事実がわかっています。
「日本人の脳は、遺伝的に挑戦を避けてしまう」と言えるのです。
1996年、ドイツ・ヴュルツブルク大学精神医学部のペーター・レッシュ氏らがアメリカの科学誌『Science』に発表した論文によると、セロトニントランスポーター遺伝子は「L遺伝子」(セロトニントランスポーターを多量につくる)と「S遺伝子」(少なくつくる)の2つがあります。
S遺伝子を多くもつ人は、脳でセロトニンを使い回しづらい。そのため「新しい刺激に対して回避的になる」(挑戦を好まない)という傾向があります。
さらにくわしく言うと、この遺伝子には、「SS」「SL」「LL」という3通りの組み合わせがあります。
なんと日本人の約98%は「SS型」「SL型」。
そして、「LL型」の人は約2%なのだそうです。
一方、アメリカ人は32%が「LL型」。国民の32%が遺伝子レベルで「新しい刺激を好む、チャレンジングな気質」をもつと言えるのです。
ただし、一方で「セロトニントランスポーターの保有傾向と、それが実際の行動に直接影響するかは別」という論文もあります。
もちろん、これらはあくまで統計上のデータです。
「過去の自分と比べて、成長することが大事」ととらえてください。
<本稿は『すぐやる脳』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by shutterstock
【著者】
菅原道仁(すがわら・みちひと)
脳神経外科医
1970年生まれ。杏林大学医学部卒業後、クモ膜下出血や脳梗塞などの緊急脳疾患を専門として国立国際医療研究センターに勤務。2000年、救急から在宅まで一貫した医療を提供できる医療システムの構築を目指し、脳神経外科専門の八王子市・北原国際病院に15年間勤務し、日々緊急対応に明け暮れる。その後、2015年6月に菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、2019年10月に菅原クリニック 東京脳ドック(港区・赤坂)を開院。その診療経験をもとに「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。脳のしくみについてのわかりやすい解説は好評で、テレビ出演多数。著書に『そのお金のムダづかい、やめられます』(文響社)、『成功する人は心配性』(かんき出版)、『成功の食事法』(ポプラ社)などがある。
◎購入はこちらから
◎関連記事