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聞いたこともなかった人が「有名人」として報じられる違和感の正体

 スマートフォンを開き、SNS投稿を眺めていると何らかのニュースに行き着くことは少なくないでしょう。そこからニュースサイトにたどり着けば、膨大なコンテンツが並んでいます。何かを調べようとネット検索した際に、最新ニュースが目に飛び込んでくることも。

 その中には、巧妙な嘘や悪質な思惑が隠されたフェイクニュースも。それと同じぐらい「たちが悪い」と『News Diet』の著者で作家のロルフ・ドベリさんが指摘するのが、ニュースが虚偽の名声を作っている構図です。

『News Diet』(サンマーク出版) 書影
『News Diet』

メディアがつくり出した「有名人」という人たち

 社会を機能させるには、人間同士協力し合わなくてはならない。その際、協力相手としての人々の資質を伝えるシグナルの役割を果たすのが、人の「評判」だ。しかし残念ながらこのシグナルは、ニュースの発達したいまの世界においてはあてにならなくなった。

 進化の過程では、「名声」はその人の業績や権力と直結していた。野生動物を自らの手でしとめた者や人の命を救った者、巧みに火をおこせる者はそれに応じた名声を得ていた(能力による名声)。巧妙な駆け引きと組織づくりで集団トップの座を維持しつづける族長も、その地位に応じた名声を得ていた(権力による名声)。

 石器時代が終わってかなり時代が下ってからも、業績や権力と名声は、切っても切れない関係にあった。

 アリストテレスも、サッポー[古代ギリシャの詩人]も、アウグスティヌス[古代キリスト教の神学者]も、ベートーベンも、ニュートンも、ダーウィンも、マリー・キュリーも、アインシュタインも──彼らは全員、能力によって名声を得ていた。皇帝や国王、教皇には、権力によって名声が与えられていた。マルクス・アウレリウス・アントニヌスは、能力と権力の両方によって名声を獲得していた。

たんに有名だからという理由で

 ところがニュースの登場によって、それまでは聞いたこともなかった奇妙な人たちが突然あちこちに出没するようになった。社会にも、私たち個人の生活にもまったく意味のない理由で世間に知られるようになった、「有名人」という人たちである。

 取るに足らない理由から、トークショーの司会者やスポーツキャスターやスーパーモデルやポップスターなどに「有名人」の称号を授けるメディアのおかげで、今日(こんにち)では名声と業績のつながりは徐々に破壊されつつあり、結果として、「虚偽の名声」がつくり出されている。

 有名人であることは、たとえて言えば自己言及[発話の主体が自己について言及すること]システムのようなものだ。有名人は、有名だから有名人なのだ。
 どのようにして彼あるいは彼女が有名になったかはたちまち忘れられ、ニュースサーカスのなかではたいして意味を持たなくなる。メディアは、その人物が単に有名だからという理由で有名人について報道する。ニュースメディアが登場する以前に能力や業績とは関係なく名声を得た人物の名前を挙げるのは、ほぼ不可能だ。せいぜい犯罪者の名前がいくつか挙がる程度だろう。

なぜ、偉業を成し遂げた人が正しく報道されないのか?

 ドナルド・ヘンダーソンという人について聞いたことはあるだろうか? WHO(世界保健機関)で、天然痘を根絶したチームを率いた人物だ。

 天然痘は、強い感染率と高い致死率という恐ろしい組み合わせから、数千年ものあいだ最も危険な感染症のひとつと見なされていた。しかしヘンダーソンの指揮のもと、ワクチンの接種と徹底的な撲滅計画が進められ、不可能と思われていたことが現実になった。天然痘が根絶されたのだ。

 命にかかわる伝染病が完全に根絶された唯一の例であり、医学史における最も偉大な勝利のひとつでもある。

 ヘンダーソンにはあり余るほどの名誉が与えられた。1968年にはアメリカ国家科学賞が、2002年には、アメリカ最高位の勲章である大統領自由勲章が授与された。

 ヘンダーソンは、メディアの目の届かないところに隠遁(いんとん)していたわけでもない。その逆だ。伝染病を根絶したあとは、世界でもトップクラスの医科大学のひとつであるジョンズ・ホプキンス大学の学部長や、アメリカ政府の高位のアドバイザーを務めていた。

 それなのに、彼の名前をニュースメディアで目にすることはほとんどなかった。その理由はなんだろう?

 ニュースメディアの関心の的は、「有名人」にあるからだ。ヘンダーソンには業績しかなかった。奇抜な髪型をしていたわけでも、弁が立ったわけでも、洗練されたブランドもののスーツを着ていたわけでもない。

 そうした理由から──感染症のようなテーマに取り組むのは骨が折れるからというのもあっただろうが──メディアはヘンダーソンに興味を示さなかったのだ。

「有名人」という存在自体が悪いわけではない。ただ残念なことに、彼らは本当に価値あることを成し遂げた人たちを、メディアの関心から排除してしまう(こうした現象は「クラウディング・アウト=駆逐」と呼ばれている)。新聞のページやテレビ番組やブログやツイッターが有名人に関することで溢れれば溢れるほど、ヘンダーソンのような人たちについて報じるための余地はなくなってしまうのだ。

 ニュースメディアは名声と業績のつながりを断ち切ってしまった。ニュースを消費すると、あなたは偽の情報をまき散らす「フェイクニュース」だけでなく、「虚偽の名声フェイクフェーム」にまで屈することになる。そのような事態は避けなくてはならない。それによって社会にまで害が及ぶのは、もっと避けなくてはならない。

▼ 重要なポイント …………
「虚偽の名声」は「フェイクニュース」と同じくらいたちが悪い。ニュースを消費すると、あなたは「虚偽の名声」を与えられるのをあおることになる。そうなると、あなた個人が害を被るだけでなく、社会にまで悪影響を及ぼしてしまう。「虚偽の名声」は、本当に価値ある何かを成し遂げた人たちを、私たちが気づける範囲から排除してしまうからだ。ニュースを断てば、あなたの脳はようやくまた、本当に偉大なことを成し遂げた人たちを認識できるようになる。

<本稿は『News Diet』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>

(編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
ロルフ・ドベリ(Rolf Dobelli)
作家、実業家

1966年、スイス生まれ。ザンクトガレン大学卒業。スイス航空の子会社数社にて最高財務責任者、最高経営責任者を歴任の後、ビジネス書籍の要約を提供するオンライン・ライブラリー「getAbstract」を設立。香港、オーストラリア、イギリスおよび、長期にわたりアメリカに滞在。科学、芸術、経済における指導的立場にある人々のためのコミュニティー「WORLD.MINDS」を創設、理事を務める。35歳から執筆活動を始め、ドイツやスイスの主要紙にコラムを寄稿。その他、世界の有力新聞、雑誌に寄稿。著書は40以上の言語に翻訳出版され、累計発行部数は300万部を超える。著書に『Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法』『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』『Think rigit 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』(すべてサンマーク出版)がある。スイス、ベルン在住。

【訳者】
安原実津(やすはら・みつ)

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