読書好きだったのに「本が読めなくなった人」が知るとドキッとすること
スマートフォンの普及で、私たちは膨大な情報に日々さらされています。ニュースをチェックし、SNSをスクロールし、短い記事を次々と読む――。しかし、こうした情報消費は私たちの脳を物理的に変えているという衝撃的な事実が明らかになっています。
『News Diet』より情報社会を生き抜くためのヒントをお届けします。
タクシー運転手になると「脳の構造」は変化する
あなたの脳はおよそ870億個の神経細胞からできていて、それらは100兆を超えるシナプスで互いに結ばれている。研究者のあいだでは長年にわたって、私たちが成人年齢に達するころには、脳は完全にでき上がっていると考えられていた。
しかし今日(こんにち)では、脳は絶えず変化していることが明らかになっている。神経細胞は定期的に古い接続を断ち、新しい接続を構築している(もっと正確に言うと、シナプスの受容体が感受性を変化させている)。
たとえばニュースの氾濫のような新しい文化的な現象にさらされると、私たちの思考装置は改編される。文字どおりの〝洗脳〟である。実際に、生物学的なレベルでニュースの洪水への適合が行われる。ニュースは脳の配線を変化させるのだ。
その結果、ニュースを消費していないときでも、私たちの脳は異なる働き方をするようになる。異なるというのは──あなたもうすうす気づいているだろうが──、よい働き方をするようになるという意味ではない。
ロンドンの見習いタクシー運転手は、タクシーの免許を取るために非常に多くの知識を詰め込まなくてはならない。ロンドンには2万5000本もの通りと無数の観光名所があるが、タクシー運転手は伝統的にそれらを余すところなく知っていなければならないことになっている。
当然、ロンドンでタクシーの運転手になるには3年から4年の研修期間が必要になる。大都市の全体図を脳に保存するには、それだけの長い時間がかかるのだ。
おそらくこうした暗記型のタクシー運転手の研修も、グーグルマップなどのおかげでまもなく時代遅れになるのだろう。だがそうなる前に、ロンドン大学の研究者であるエレナー・マグアイアとキャサリン・ウーレット、ヒューゴ・スピアーズが、この研修を対象にすでに実験を行っている。
彼らは、タクシー運転手の脳にある道に関する知識を、どうにかして観察することはできないだろうかと考えた。「タクシーの運転手になると、脳の構造は変化するのだろうか?」という疑問を持ったのだ。
彼らは「見習いのタクシー運転手」と、比較対象グループとして選んだ「バスの運転手(常に決まったルートを走るバスの運転手は、2万5000本もの通りを覚える必要がないため)」を対象に、折に触れて磁気共鳴画像法(MRI)検査を行った。
検査をはじめた当初、両グループの脳に差は見られなかった。だが数年後、タクシー運転手が免許を取得するころになると、脳の海馬(長期記憶の形成に重要な役割を果たす領域)の構造に変化が認められるようになった。タクシー運転手の海馬の神経細胞は、バスの運転手よりもずっと発達していたのだ。
脳の構造の違いは、ときが経つにつれてどんどん大きくなった。しかしタクシー運転手は、「頭のなかの道路地図」に関しては秀でていたものの、幾何学的な図を新たに覚えるのは苦手だった。一方で、バスの運転手のほうは、新たな図を覚えることに支障は感じないようだった。つまり、脳のある領域が発達すると、それにともなって別の領域は退化するらしいのだ。
同じような脳の構造の変化は、音楽家やジャグラーや多言語環境で育った人にも認められるという。
「長い文章」が読めなくなってしまう人の特徴
メディア消費と脳の関連については、研究者のケプ=キー・ローと、神経科学者でもある、AI企業「アラヤ」の金井良太CEOが次のようなことを突き止めている。複数のメディアを同時に消費する頻度の高い人ほど、前帯状皮質の脳細胞の数は少なくなるのだという。
前帯状皮質というのは、注意力や倫理的な思考、衝動のコントロールなどをつかさどる脳の部位だ。実際、ニュース中毒者にはその影響が見てとれる。集中力が低下し、感情を制御するのにも苦労している様子が見受けられる。
読者のみなさん、あなたがニュースを消費すればするほど、あなたは情報にすばやく目を通せるようになるように、マルチタスクをこなせるようになるように、自分の神経細胞の回路をトレーニングしていることになるのだ。
しかしそれにともない、深く掘り下げた内容の本を読んだり、深遠な思考をしたりするのに必要な回路は退化してしまう。
私は何度も気づいたことがあるのだが、ニュースを熱心に消費している人の大多数は──たとえかつては大の読書家だったとしても──、長文記事や本を読むことができなくなっている。4、5ページも読むと疲れてしまい、注意力が落ちてそわそわしだすのだ。
原因は、年齢を重ねたからでも、昔より多忙になったからでもない。彼らの脳の生理的な構造が変化してしまったのだ。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者であるマイケル・マーゼニヒは、このことをこんなふうに表現している。「私たちは、くだらないものに注意が向くように、自分たちの脳をトレーニングしているのだ」。
本の虫でないあなたは、読書能力をなくしてもなんとかなると思うかもしれない。しかし、深く掘り下げた内容の本を読むことが、明晰な思考と密接な関係にあることは明白な事実だ。集中し、ひとつのテーマを追求する能力をあなたが取り戻したいと思うなら、ニュースなしの精神的なダイエットを避けて通るわけにはいかない。
私の経験から言うと、脳の構造がもとどおりになり、疲れを感じずに長い文章を受け入れられるようになるには、約1年はニュースを断つ必要がある。早めにニュースを排除すればするほど、その地点に到達するのも早くなる。
最初がつらいからといって、あきらめてはならない。価値あることをはじめるときは、常につらく感じるものだ。
▼ 重要なポイント …………
ニュースを消費すると、脳の生理的な構造が徐々に変化する。短い情報にざっと目を通すときに必要な脳の領域を鍛えることになる。そしてそれにともない、長い文章を読むことや、思考をつかさどる回路は退化する。あなたはもう一度、疲れを感じずに本や長文記事が読めるようになりたいだろうか? だったら、ニュースを消費するのはいますぐにやめておくことだ!
<本稿は『News Diet』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
ロルフ・ドベリ(Rolf Dobelli)
作家、実業家
1966年、スイス生まれ。ザンクトガレン大学卒業。スイス航空の子会社数社にて最高財務責任者、最高経営責任者を歴任の後、ビジネス書籍の要約を提供するオンライン・ライブラリー「getAbstract」を設立。香港、オーストラリア、イギリスおよび、長期にわたりアメリカに滞在。科学、芸術、経済における指導的立場にある人々のためのコミュニティー「WORLD.MINDS」を創設、理事を務める。35歳から執筆活動を始め、ドイツやスイスの主要紙にコラムを寄稿。その他、世界の有力新聞、雑誌に寄稿。著書は40以上の言語に翻訳出版され、累計発行部数は300万部を超える。著書に『Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法』『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』『Think rigit 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』(すべてサンマーク出版)がある。スイス、ベルン在住。
【訳者】
安原実津(やすはら・みつ)
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