ストイックの語源が「自分を厳しく律する」とは微妙に違う事実
「ストイック(stoic)」と聞けば自分を厳しく律して頑張る人の姿をイメージするでしょう。実は、その英語の語源は古代ギリシアの街角にあった建物にまで遡ります。
『アッと驚く英語の語源』よりお届けします。
stoic/哲学の講義が行われた「柱廊」
すべての楽しみを投げうって毎日激しい練習に耐えているスポーツ選手、肉体美を追求して筋トレをする人、志望校合格を目標に猛勉強する受験生──そんなふうに頑張っている人のことを「あの人はストイックだ」などと言います。
「ストイック」は英語ではstoicとなります。日本語では「禁欲的」とも言います。「自分を律して我慢強く耐える」という意味です。
この言葉はギリシア哲学の一学派「ストア学派」からきています。紀元前4世紀にゼノン(前334~前262)という哲学者がいました(*)。
(*ゼノンという哲学者は2人いました。このストア学派のゼノンは「キプロスのゼノン」、もうひとりは「エレアのゼノン」と呼ばれる弁証法の創始者です)
そのゼノンが弟子たちに講義をした場所が、アテネの中心にある「アゴラ」という公共広場に面した建物の「柱廊」でした。円柱によって屋根が支えられた廊下のことです。片側は建物に接し、もう一方は広場に向かって開け放たれていました。屋根があるために、強い日差しも激しい雨も遮ることができ、哲学を講じるにはふさわしいところでした。一般の人々も自由に講義を聞くことができる、言わば“開かれた教室”だったのです。
ストア哲学者=禁欲主義者に
この「柱廊」のことを古代ギリシア語ではstoā「ストアー」と言いました。そこからギリシア語で「柱廊の人」という意味のStōikosを経て、英語のstoicという単語が誕生しました。最初は「ストア哲学」とか「ストア哲学者」ということでしたが、それが「禁欲主義者」「禁欲的な」というふうに意味が広がったのです。
キプロス島で生まれたゼノンは成人して商人となりましたが、22歳の時に乗っていた船が難破しアテネに漂着しました。そこでプラトンの『ソクラテスの弁明』などの書物を読んだことで哲学に目覚めます。
禁欲を重んじて行動せず実社会との関わりも拒絶する「キュニコス(**)派」の哲学を学び、アテネ郊外の「アカデメイアの森」にプラトンが建てた学校で知識を身につける中で、自分自身の哲学思想を確立していきます。
(**kunikosは「犬のような」という意味で、日本語では「犬儒主義」と言います。英語ではcynic、「冷笑的な」という意味のcynical「シニカル」の語源です)
ストア学派の哲学の特徴は「中庸を重んじる」ということです。日々の生活では、うれしいこともあれば不快なこともあります。とんでもない災難が降りかかることだって、強い欲望にとらわれることだってあるでしょう。しかし心安らかに平穏な日々を送るためには、理性と知性によって自分の感情を律するべきだというのがゼノンの考え方です。でも、これはいま私たちが考える「ストイック」とはちょっと違っています。
確かにテレビのニュースなどを見ていると、一時的な欲望にとらわれたり、自暴自棄になったりして、自分の人生を自分で破滅に追い込むような人も少なからずいます。いまの時代においても、いやいまだからこそ、ゼノンの主張したストア学派の哲学を学び直す必要があるのかもしれません。
<本稿は『アッと驚く英語の語源』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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【著者】
小泉牧夫(こいずみ・まきお)
英語表現研究家、英語書籍・雑誌編集者
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