エラい人の言動に何でもかんでも従わない人が気づいていること
私たちは企業経営者や政治家、さまざまな専門家など、いわゆる「権威ある人」「エラい人」に無意識のうちに従ってしまいがちです。ただ、それは危険な状況をつくりだしてしまうかもしれません。
『Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』より「権威のワナ」についての解説をお届けします。
無意識のうちに「権威ある人」に服従してしまう
『旧約聖書』の中のアダムとイブの逸話は、「偉大な権威に背くとどうなるか」という話である。そう、楽園から追放されてしまうのだ。
このことを、政治や経済の専門家、学者、医師、CEO、首相、スポーツ解説者、企業コンサルタント、カリスマ的な投資家、といった人たちが、わたしたちにも信じこませようとする。
権威のある人々には、問題が2つある。
1つ目は、「権威があったからと言って、間違いをおかさないわけではないこと」だ。
地球上には、経済の専門家がおよそ100万人もいる。それなのに、金融危機が起こるタイミングを正確に言い当てた人はいない。ましてや、不動産バブルがはじけてからどのように経済危機にまで発展していくかを予測できた者は1人もいない。かつて、経済の専門家たちがこれほどまでに役に立たなかったことはない。
医学の世界もそうだ。19世紀までは、衛生管理が不十分だったり、瀉血(しゃけつ)やその他のいかがわしい処置法が用いられていたりしたため、病気になっても医者にかかると悪化することこそあれ、症状が改善されることはあまりなかった。病人は医者にかからないほうがよかったのだ。それなのに、当時の人々は医者が言うのだから間違いないと信じ、治療を受けていた。
もう1つの問題点は、さらに深刻である。「わたしたちは、権威を信じるあまり、自分自身で考えなくなってしまう」という点だ。
専門家ではない人の意見には慎重になるのに、専門家の意見は聞き入れる。理性や道徳に反するようなときでさえも、権威に服従してしまう。これが「権威のワナ」である。
パイロットの研修「クルー・リソース・マネジメント」に学ぶ
わたしたちが「権威にしたがいやすい」ことは、アメリカの心理学者、スタンレー・ミルグラムが1961年に行った実験によって証明されている。
実験では、被験者がガラス窓の向こう側に座っている人に、教授の指示にしたがって「電気ショック」を与えることになっていた。
電圧は15ボルトから始まり、30、45と、15ボルト刻みで、死に至る危険があるとされる450ボルトまで引き上げられていった。ガラス越しに見える人物は苦痛に叫び声をあげ、恐れおののき震えていた(実際には、その人は演技をしていただけで、電流は流されていなかった)。
被験者が実験を中断しようとすると、ミルグラム教授は落ちついた声でこう指示する。「そのまま続けてください。実験は続けることに意味があるのです」
すると、たいていの被験者は実験を続けた。しかも、被験者の半数以上が、最大ボルテージまで電圧を上げたのだ。権威への純粋なる服従心のためである。
航空会社は、「権威のワナ」が危険な状況をつくり出す恐れがあることを学びつつある。
機長がミスをおかし、副操縦士がそれに気づいていても、権威には逆らえないという信仰が邪魔をして、思い切ってミスを指摘できない。多くの事故はそのことが原因で起こっている。
しかし、ここ15年で、ほぼすべての航空会社のパイロットが、「クルー・リソース・マネジメント」と呼ばれる教育を受けるようになった。
この研修では、矛盾点に気づいたら率直に、しかも迅速にそれを指摘するよう訓練される。「権威のワナ」を取り除く訓練を受けるのである。
だが多くの企業が、こうした航空会社から何十年も遅れをとっている。特に、支配的なCEOがいる企業では、従業員が「権威のワナ」にハマっている可能性が高い。こういった環境では、企業にきわめて大きな損害がもたらされる危険がある。
身なりや権威や地位には、一切遠慮してはいけない
「専門家」と呼ばれる人たちは、自分が何者かを誰からもわかってもらえるようにするために、それを何らかの方法で知らせなければならない。
医師や研究者は「白衣」を着ることで、銀行の役員は「上等な背広とネクタイ」で、自分の地位を知らせようとする。本来、ネクタイはただの飾りでしかないが、身につけることでそれなりの仕事をしていることを知らせる効果がある。
「権威」を示すものはほかにもある。たとえば、国王は「王冠」をかぶり、軍隊では「階級章」を着用する。さらに、カトリック教会では権威の象徴として、教皇が宝石のちりばめられた「金の教皇冠」やミトラと呼ばれる「司教冠」をかぶる。
身なりに関係したことばかりではない。今日(こんにち)では、テレビやラジオのトークショー番組に出演したり、著書が刊行されたりすることが、権威の1つの要素になっている。
また、時代によって「権威の流行(はや)り」というものがある。
ある時代には司祭や牧師が、別の時代には国王や戦士が権威になる。哲学者、詩人や作家、ロックスターやテレビの司会者、急成長を遂げたベンチャー企業の創立者、ヘッジファンドマネージャー、中央銀行総裁といった人々が権威になることもある。社会は、そうした「権威」に自らしたがおうとする。
ある専門分野で優れた知識や技術をもっている人が、それだけの理由で、専門外の分野についてまで世間から信頼されてしまう。プロのテニス選手がコーヒーメーカーのテレビコマーシャルに出演し、女優が頭痛薬の宣伝をしているのもその例である。
わたしは、「専門家」と呼ばれる人と会うときはいつも、相手に遠慮しないでどんどん自分の意見を言うようにしている。あなたもそうしてみよう。
権威をもつ人を批判的な目で見れば見るほど、他人の影響を受けなくなる。そして、より自分自身を信じられるようになるだろう。
<本稿は『Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法』サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
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【著者】
ロルフ・ドベリ作家、実業家
【訳者】
中村智子(なかむら・ともこ)
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