有能な人でも過去の自分まで否定…大人を襲う「無力感」の正体
「イライラしがち」「面倒くさい」「自分のせいにする」「傷つきやすくなる」
ストレスがかかってもすぐに元気な状態の自分に戻るのが「通常ゾーン」なのに対し、上記のような状態なら「プチうつゾーン」に入っている可能性があります。それは「うつゾーン」の手前まで来ているかもしれません。
40代女性ライター・高木が心理カウンセラーの下園壮太先生に心の悩みをぶつけた『とにかくメンタル強くしたいんですが、どうしたらいいですか?』。
前回(全5回)までの対話を経て、「プチうつ」だと下園先生から指摘された高木は、「仕事の能率が下がっても急に死ぬわけじゃないし、そのまま同じような日常を送りたい」と吐露。それに対して下園先生は「人の脳は変化を嫌うようにできていますから」と返した一方で、その先には自分自身に攻撃の刃が向けられてしまいかねない懸念を指摘します。
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「無力感モード」から「被害妄想モード」という発展形もある
下園:「プチうつゾーン」に入ると、頭の働きが鈍くなり、仕事の能率が悪くなると、「自分責めモード」に突入していきます。そして次にやってくるのが「無力感モード」です。
「このままどんどん闇に落ちていって、私はダメになるんじゃないか」「私ってやっぱりダメだなあ」と感じてしまい、将来に何の希望も持てなくなっていきます。そして、攻撃の刃はおのずと自分自身へと向けられます。自分を情けなく思って、責め続けてしまうのです。
さらに、ここが悩ましいところなのですが「仕事の効率が落ちているのは、もともとの私自身の能力のせい」と考え始めてしまうのです。「仕事」をやり遂げる実務能力が低いせい、年齢を重ねて体力が落ちたせい。
挙句の果てに「これまではただ運がよかっただけ」「今の自分こそがほんとうの自分だ」と思い込むようになり、そこへさらに「不安感」が拍車をかけるようになります。もっとも高木さんの場合は、幸いまだ、「不安感」の段階には至っていないようですね。
高木:あのう、「不安感が拍車をかけるようになる」って、いったいどんな状態なんですか?
下園:そこまでいくと、周囲の人たちの心配そうな表情を、「私のことを見下している」とか「みんなにさげすまれている」と感じるようになるんです。あるいは「ダメな私のことをみんなが噂している」と思い込んでしまったりします。そんな状態は「自分責めモード」が「被害妄想モード」に発展した、と表現できるでしょう。
あるいは「自分責めモード」と「被害妄想モード」が渾然一体(こんぜんいったい)となっているというか。このように、「うつ」とは「放置すると、より深刻化する」病気なのです。だから、早めに気付いて治療するなり、その人を取り巻く環境を抜本的に改善する必要があります。
高木:なるほど。うつのせいで「自分責めモード」から「被害妄想モード」に進んだり、2つがミックスされたりするのですね。それは確かにしんどそう。私の場合、確かにまだそこまではいってない感じがしますね。言葉で表現するとすれば、仕事がなかなかはかどらない「頭の働き低速モード」、そして、「自分責めモード」の渦中にいます。
「もしかして、私、うつ?」って、気付ける人はそうそういない
下園:おお、「頭の働き低速モード」とは言い得て妙です。さすがライターさん、言葉を扱うプロですね。「頭の働き低速モード」という言葉が象徴するように、人ってそのときどきに応じて心身のコンディションが切り替わるようにできているんです。
だから同じ人間でも「頭の働き高速モード」の時期と、「頭の働き低速モード」の時期、どちらもある。大事なのは、「頭の働き低速モード」になったとき、その原因に気付くことです。
でも「もしかして、私、うつ?」って、気付ける人はそうそういない。なぜなら、そんな情報はあまり広まっていないからです。だからこそ、私たち心の問題のプロが、社会に広く啓蒙していかないといけないんですがね。
高木:なるほど。あの、今ひとつ気付いたことがあるんですが。私、3日目にテレビの予約録画がうまくできなかったんです。いくら、自分が知らない機種だとはいえ、トリセツを見れば誰でも簡単にできるはず。あれはもしかして、私がうつで「頭の働き低速モード」になっていたせいなんでしょうか?
下園:はい、よく気付きましたね。その通りです。「頭の働き高速モード」のときの高木さんなら、きっと光速で終わっていたと思いますよ。
高木:そうですよね。あちゃー。どうやら私、ほんとうに「プチうつ」みたいですね。
下園:まあ、そうおっしゃらず。肯定的にとらえましょう。「まだ、プチうつでよかった」と。
無力感モードがほんとうに怖いワケ
高木:でも先生、「プチうつ」って名前は可愛いけれど、けっこう落ち込むものなんですね。先週は「このままどんどん闇に落ちていくんじゃないか」「私はダメになるんじゃないか」という思いが込み上げてきて、本気で怖くなりました。
下園:それが、さっき少しお話しした「無力感」ですよ。高木さんは、プチうつ状態でも、「うつ」に近い状態なんだと思います。高木さんは今まで、何年間もひとりで立派に自立されてきたわけですから、まったく「無力」なわけじゃない。
客観的に見てもきちんとしたひとりの大人に間違いありません。なのに「闇に落ちていく」とか「ダメになるんじゃないか」とネガティブに考えて、自信を喪失してしまう。それが「無力感モード」です。
高木:はい、怖いですね。こうやって先生とお話ししていると、そんなに怖くはないんですが、家でひとりでいると、すごく怖くなります。いい年をして、子どもみたいでお恥ずかしい。いったいなぜ、40代半ばにもなって、無力感に苦しめられなければならないのか。大人を襲う「無力感」って、いったい、何なんですか?
下園:無力感とは、「自分には現状を打開する能力が何ひとつない」と思い詰めてしまう強迫観念の一種です。自分自身を客観的に見ることができず、「自分は低能で、何もできない」と思い込んでしまうんです。
高木:これって思い込みなんですか?
下園:そうなんです。その思い込みの激しさこそ、まさに「うつ」の悪い特徴なんです。本来、「無力感」って、何らかの課題に対し、「自分はできない」と、自分の能力を冷静に判断、評価した結果、感じるものであるはずです。ところがうつの場合は、周囲から見ればたいしたことがないと思われる出来事に対しても、絶望的な無力感を感じてしまいます。だから、うつは怖いんです。
高木:なるほど。「ちょっとしたことを、よりおおげさにとらえてしまう」っていうイメージですね。
一人で結論を急いでしまうと、過去の自分まで無能に見えるように
下園:その通り。順序を整理してみると。まず、「プチうつゾーン」に入ると、心が疲弊しているので自分の能力がいつもより低下します。心の状態は脳の状態と直結しますから、仕事の能率などに影響するのです。すると、世の中の課題すべてが、相対的に大きく感じられてしまうのです。
問題は、それが一時的なものではなく、将来もずっと続くと感じられてしまう点です。だから、希望がなくなってしまう。非常に短絡的な話ですが、「そんなに希望がないなら、もう私の人生、終わりにしたい」と思い詰めてしまうケースも珍しくありません。
高木:そうか、それで自殺に至る人も多いんですか?
下園:はい。もう、ひとりで結論を急いでしまうんですよ。さらにまずいことに、そうなると過去の自分のことまで、無能に見えてきてしまいます。たとえば、バリバリと第一線で働いてきた有能な人でも、うつになると、「過去の私は単に運がよかっただけ」と、自分を低く評価するようになってしまいます。
高木:未来だけでなく、わざわざ過去にまでさかのぼって自分を否定するって、どんだけネガティブなんですか!
下園:でしょう? それが「プチうつゾーン」より下にいってしまう怖さなんです。ちょっとしたきっかけで、心が悪い方向に勝手に暴走し始めるんです。そうなると、周囲も説得できないようになってきます。といいますか、周囲が説得を試みれば試みるほど、「説得通りに感じられない自分」を責められているような気持ちになり、苦しさが大きくなってしまいます。これは、「無力感」に限らず「自責感」でも同じことが言えます。
高木:「プチうつ」「うつ」が脳や心に大きな影響を与える流れが、なんとなくつかめてきました。いろんなネガティブな感情が、束になって襲いかかってくる感じですね。
(感情のコントロールが難しくなるのも、うつの特徴です。この続きは後日公開します)
<本稿は『とにかくメンタル強くしたいんですが、どうしたらいいですか?』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
下園壮太(しもぞの・そうた)
NPO法人メンタルレスキュー協会理事長。元・陸上自衛隊衛生学校心理教官
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