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自分でつくった料理なら疑いもなくおいしいと感じてしまう理由

 料理のレシピやビジネスの革新的な解決策。私たちは自分で考えたアイデアには特別な愛着を持ち、自らの想像力を信じて疑わない傾向があります。しかし、それが判断を曇らせることもあります。

 スイスのベストセラー作家が「思考の誤り」についてまとめた『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』よりお届けします。

『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』 サンマーク出版
『Think Smart 間違った思い込みを避けて、
賢く生き抜くための思考法』

私たちは「自ら考えだしたアイデア」に夢中になる

 私の料理の腕はたいしたことはない。妻もそれは知っている。それでも、ときにはなんとか食べられる料理ができあがることもある。

 何週間か前、私は舌平目を2枚買った。ありふれたソースではつまらないと思った私は、「新しいソース」のレシピを考え出した。白ワインと、ピューレにしたピスタチオと、はちみつと、おろしたオレンジの皮を混ぜあわせ、そこに少量のバルサミコ酢を加えるというかなり思い切った組み合わせである。

 妻は焼いた舌平目を皿の端に寄せ、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、ナイフを使って魚からソースをこそげ落とした。

 だが私には、そのソースは悪くないように思えた。私は彼女に、それがどれほど大胆な創作料理かを詳細に説明し、きちんと味わってみるべきだと勧めたのだが、彼女の表情は変わらなかった。

 2週間後、我が家の食卓にまた舌平目がのぼった。料理をしたのは妻だ。

 彼女は2種類のソースを用意していた。ひとつは彼女の定番のブールマニエソースで、もうひとつは〝フランスの有名シェフの創作〟ソースだった。だがふたつ目のソースはひどい味だった。

 食事が終わると妻は、あれはフランスの有名シェフの創作ではなく、2週間前に私が考え出したソースだと打ち明けた。彼女は面白半分に、私が「NIH症候群」に陥っているかどうかを試し、私の有罪を証明してみせたのだ。

 私たちは、自分の知らないところでつくられたもの、つまり「ここで発明されていない(Not Invented Here)」ものについては、なんでもネガティブに評価してしまう。

 私たちが「自ら考えだしたアイデア」に夢中になるのは、この「NIH症候群」が原因だ。魚のソースだけでなく、あらゆる分野における解決策や、ビジネスのアイデアや発明に対しても「NIH症候群」は発生する。

「ふたつのグループ」に分けて評価しあうとうまくいく

 企業は「外部から提案された解決策」よりも、「社内のアイデア」のほうを重視し、高く評価する傾向がある。客観的に見れば外部からの提案のほうが有効な場合でも、その状況は変わらない。

 少し前に、私は保険会社向けのソフトウェアを専門に扱う企業の経営者と昼食をともにする機会があった。彼は私に、「自社のソフトウェアを潜在的な顧客に売り込むのがどれほど難しいか」を語って聞かせた。

 客観的に見ると、彼の会社のソフトウェアは、使いやすさという点でも、安全性や機能性においても業界トップなのだが、ほとんどの保険会社は「自社で開発したソフトウェアが最良」だと信じて疑わないのだそうだ。

 何人かで集まって問題の解決策を出し合い、それらを自分たちで評価すると、「NIH症候群」はとりわけ強くなる。誰もが自分のアイデアを一番だと感じるからだ。

 そういうときには、その場にいる人を「ふたつのグループ」に分けるといい。片方のグループがアイデアを出し、もう片方がそれを評価するのだ。その後、グループの役割を交換してもう一度同じことを繰り返そう。

 自分で思いついたビジネスのアイデアは、ほかの人が思いついたアイデアよりもうまくいくように感じられる。

 起業する人があとを絶たないのは、「NIH症候群」のおかげだ。それと同時に、スタートアップ企業の業績が上がらない原因となっているのも、やはり「NIH症候群」だ。

無意識に「自分のアイデアのほうが重要」と思い込む

 ダン・アリエリーは著書の『不合理だからうまくいく』(早川書房、2014年)で、「NIH症候群」の度合いを測定したときのことについて記している。

『ニューヨーク・タイムズ』のブログで、アリエリーは6つの問題に対する答えを読者から募集した。たとえば「都市における〝水の消費量〟を法で規制することなく抑えるには、どうすればいいでしょう?」といった問題の解決策である。

 読者は解決のためのアイデアを出すだけでなく、「自分の答えの実用性と自分以外の答えの実用性」を評価し、さらに「それぞれの解決法のために自分の余暇とお金をどのくらい費やせるか」も伝えなければならなかった。

 答えるときに使用する言葉は、あらかじめ選ばれていた「50語のみ」に制限されていた。どの読者からも、ある程度同じ回答を得られるようにするためである。

 実際、読者からの回答内容はどれもほぼ同じだったが、にもかかわらず大多数は、「ほかの人の答えよりも自分の答えのほうが、重要度も実用性も高い」と評価していた。

「NIH症候群」は、社会的なレベルで深刻な影響をおよぼしている。ただ異なる文化に由来するという理由だけで、賢明なアイデアが取り入れられないことがあるのだ。

 スイスの小さな州、アッペンツェル・インナーローデン準州で、最近まで女性に参政権を与えようという決定が自発的になされなかったのは「NIH症候群」の驚くべき例である(1990年に、連邦裁判所が州政府に女性参政権導入を強制する判決を出してようやく実現した)。

 コロンブスの〝アメリカ大陸発見〟も同様だ。今こん日にちもなお私たちはまだこの表現を使っているが、そのはるか昔からアメリカには人間が住んでいたのだ。

 結論。私たちは自らのアイデアに酔いしれてしまいがちだ。冷静さを取り戻すためにも、ときには距離を置いて過去を振り返り、自分の思いつきの質を検討してみるといい。

 ここ10年のあいだに思いついたアイデアのなかに、本当に傑出していたものがあっただろうか? つまり、そういうことだ。

<本稿は『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
Photo by Shutterstock


【著者】
ロルフ・ドベリ
作家、実業家
【訳者】
安原実津(やすはら・みつ)

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