デキるけどクセのある部下に翻弄された彼女の経験から見える教訓
ビジネスの現場では、些細なことが気になって、やがて業務に支障を来たすというシーンがあります。
部下の要求をめぐる一見シンプルな判断が、深刻な悩みへと発展した、ある若手管理職が経験した「心配の罠」。いったいどのように対処すべきだったのでしょうか。
「変化への不安」の根底心理を探り、「行動できる」自分に変わる方法を解いた『命綱なしで飛べ』よりお届けします。
「僕の部屋の大きさは十分ではない」──稼ぎ頭vs古株
大きな成功を収めようと思う者の中には、「社運を懸けた買収に踏み切るべきか」「従業員削減を行うべきか」「大きなキャリアチェンジを考えるべきか」といった、ひときわ大きな問題を心配する人もいる。
だが、小さな心配にもとらわれる。それが次第に大きくなり、悩みの種となる。
大きな野心を持つ者は小さなことなど心配しないとかつては言われた。
しかし、1つの心配がどれほど油断ならないか、ニコルの例をお聞かせしよう。
ニコルはある部署の管理職。彼女が悩まされていたのは「オフィススペースの使い方」だ。
ニコルは管理職の仕事でも顧客対応でも才能を発揮し、個人資産運用を専門とする大きな金融サービス会社の最年少部長のひとりになった。
ニコルはロサンゼルスの今後の見込み客に関する調査報告を見て、韓国人の富裕層をもっと取りこめるチャンスに気づく。
だが、ニコルのチームには韓国人スタッフがいなかった。時間をかけて多くの人材を面接し、ニコルは最終的にジョンを雇う。ジョンは韓国系で、この市場に対応できる自信と素養を備えていた。
ジョンは部署に入ってくるなり、とげとげしい、どこか普通でない態度を取った。自然とほかのメンバーはジョンを遠ざけた。
ニコルもジョンがまわりに溶け込めていないことはわかっていた。
だが、ジョンは2か月もしないうちに大きなクライアントを6法人も獲得する。ジョンの活躍が部署に利益をもたらし、ジョンと付き合いのない人たちも彼を祝福した。
1週間後、ジョンはニコルに今より広い部屋を用意してほしいと求めた。新たに大口顧客を呼び込むには、もっと大きなオフィスでクライアントになってもらえそうな人たちを迎え、自分が社で重要なポジションにある印象を植えつけなければならない、と主張したのだ。
ジョンは会話の中で、自分の要求が受け入れられないことがあれば、希望を満たしてくれるライバル社に移ることも考えているとほのめかした。
心配は「飛び火」する──問題ないことも「問題」に見えてしまう
ニコルはどうしていいかわからず、3日間悩みつづけた。
ジョンの要求を受け入れれば、ジョンより社歴の長い人は面白く思わないだろう。
だが、ジョンは今や部の稼ぎ頭だ。韓国系の裕福なクライアントを次々呼び込み、ニコルのプロジェクト遂行に申し分なく貢献してくれている。
自分はジョンと、ジョンの文化的背景と価値観を本当に理解しているだろうか?
ニコルは悩みつづけた。ついには不眠症になり、日中は頭痛に苦しんだ。自分が抱えている問題を整理して、今すべきことに集中できなくなってしまった。
経営上、ほかにも重要な決定事項をいくつも抱えていた。だが、そうしたことに対処しようとすると、広い自室を求めるジョンの問題が頭に浮かび、大きく立ちはだかる。
ジョンの要求を受け入れるかどうかだけで頭を悩ませていたわけではない。その心配が別の心配を作り出してもいた。
ジョンの望み通りにしたら、長年自分に仕えてくれたジョーとローリーは気分がいいはずがない。ふたりは自分のもとを離れて別の会社に行くかもしれない。
ジョンを優遇すれば、部の士気が大きく下がり、チームとして機能しなくなるかもしれない。士気が下がれば、チームで働く喜びも見出せないはずだ。
だが、ジョンの要求を拒否すれば、ジョンは会社を去るかもしれない。そうなれば、部の業績はひどく悪くなる。さらに経営陣に、なぜジョンを退社させたんだと強く叱責される。
自分はこの種の決定を下すのが苦手だから、やっぱり「部長の器」ではないのかもしれない……。
ニコルの心配は広がり、懸念やおそれ、さまざまな不安が絡み合う網を作り出した。
悩み苦しむことから抜け出せず、やがて日々の仕事にも支障をきたすように。
ニコルは決断を先延ばしし、数日、さらに1週間、引きずるようになった。
問題は何ひとつ解決できず、何ひとつ対処できていないように思えた。
結果、決断を避け、決定事項の実行も先延ばしし、新しいことや不慣れな仕事にはひどく慎重になった。
多くの管理職と同じように、ニコルは不安に引きずられ、「心配の罠」にはまってしまっていた。
物事をある程度不安視することは、目標が明確なときには、その達成を後押しする。
だが、明確でない目標や予測不能なことに対処しようとするときは、いい結果をもたらさない。
よくわからない。つじつまがあわない。はっきり先が読めない。
こうしたことすべてが、ニコルの不安を悪い方向に向けてしまった。
その結果、ニコルは自分が非生産的な状況にあると認識してはいるが、どうしていいかわからなくなってしまった。
この「心配の罠」に対してできることが3つある。
囲って問題を「限定」する
① まず、小さな心配事が広がらないように「箱詰め」しよう。
ニコルは心配事が自分の仕事と私生活に感染、拡大するのを止められなかった。ジョンに要求されたことに気を病み、続いて部下の気持ちを心配するようになった。
こうして心配が拡大し、気づけば自分の判断力を疑い、何をしていいのかわからなくなってしまった。
こんなふうに心配が広がるのを防ぐために、目の前の恐怖や不安を封じ込めよう。
通俗心理学に、「スティンキング・シンキング(臭い思考)」というものがある。人は、自分の考えを否定的で非論理的な方向に向けてしまう。「心配の罠」にかかってしまったときは、この思考にとらわれてはいけない。
そうではなく、こう考えてみよう。
たしかにここでは問題があるかもしれないけど、別のところにも問題があるとは限らない。
常に最初の問題を考えよう。心配を論理的でなく、生産的でない方向に広げてしまっているかもしれないと自覚すること。
②当面の決定事項を絞り出し、それを解決する「タスク」に専念すること。それができれば、重要度の低い問題は考えずにすむ。
③最初に心配の種を生み出した問題に、「速やか」に「きっちり」対処すること。
たしかに簡単ではない。
とくに結果を出そうと強く思う者は、いろんなことを考えてしまうから、むずかしいはずだ。
ニコルは、ジョンに大きな部屋を与えるか、与えないか、瞬時に判断すべきだった。
その決断によって望ましくないことになったとしても、「心配の罠」にかかるほどひどくはならなかったはずだ。
責任ある立場にいる人は、どちらが正しいか、瞬時に決断しなければならない状況に置かれる。
完璧な答えはないし、どちらが正しくないか判断するケースも増える。
どちらを選んでも、誰かが不快な思いをする。
このような場合、どうしたらいいか頭で分析せず、本能で判断するのだ。
直感を信じよう。どうしたらいいかわからないような優柔不断な状況にはまりこんではならない。
<本稿は『命綱なしで飛べ』(サンマーク出版)から一部抜粋して再構成したものです>
(編集:サンマーク出版 SUNMARK WEB編集部)
Photo by Shutterstock
【著者】
トマス・J・デロング(Thomas J.DeLong)
ハーバード・ビジネススクールのベイカー基金教授、フィリップ・J・ストンバーグ記念講座元教授(組織行動領域の経営手法を担当)。専門は個人および組織の成功要因。
【訳者】
上杉隼人(うえすぎ・はやと)
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