仕事をしている全ての人に『書けないんじゃない、考えてないだけ。』を読んでほしい理由
調達コンサルタントとして活動し、テレビ、ラジオなど数々の番組に出演、企業での講演も行っている坂口孝則さんはさまざまなジャンルにまたがって毎月30冊以上の本を読むほどの読書家。その坂口さんによる『書けないんじゃない、考えてないだけ。』(著:かんそう、サンマーク出版)のブックレビューをお届けします。
お笑い芸人の成功はネタを考え続けているか否か
「ひたすら考えればいいんですよ」。
極楽とんぼ・加藤浩次さんがそう私に教えてくれた。私は、コメンテーターとして日本テレビ『スッキリ』(2023年終了)に10年ほど出演していた。CM中には演者同士の会話もかなりある番組だった。
私は加藤さんの隣に座っているときに、消えていく芸人と、残っている芸人の違いはなんだろうか、と投げかけた。とまあ、「投げかけた」と書いているけれど、もっとフランクに質問した。すると「考えている量の差でしょうね」と教えてくれた。「トップの人は、考えている量がすさまじい」とも。考えることができたら、トップになるんですよ、と。
おそらく加藤さんは私に、こんなことを答えたと覚えていないと思う。しかし私は鮮明に覚えていて、さらにそれは予想外の答えだった。実際に加藤さんは異常なほどコメントを考えているし、リアクションも考えた末のものだ。
みなさんは「ダウンタウンが日本のラップ文化を遅らせた」なる説をご存知だろうか。他国ではストリートワイズ(学歴があるわけではないが、地頭が非常にすごい人材)はストリートでラップをはじめる。しかし、日本では地頭が良いひとは、ラッパーではなく、お笑い芸人になるという。だから日本のお笑いは世界一の密度を誇る。
……とまあ、そういう説があるくらいだから、多くの視聴者はお笑い芸人の方々はセンスと直観で対応していると信じているだろう。それにお笑い芸人に真正面から質問したら、「お笑いなんてセンスですよ」とか「お笑い芸人として成功するなんて運ですよ」と答えてくれるに違いない。ただし、加藤さんの言う通り、センスと直観は当然として、ずっと生き残るためには、考え抜く必要がある。
お笑いとは、文字通り、人びとを「笑わせる」ことだ。そのためには、2割は反射神経が必要だが、8割は考えていた事実が必要なのだ。2割はその場にマッチした“場に合う”コメントをするスキルが必要。でも、根源的には、それ以前の準備が重要で、どのパターンだったらどのように応えるかをシミュレーションしている。
これは営業妨害かもしれないので、固有名詞は書かない。某芸人の方の番組に出演することになった。その芸人は天然ボケで有名だ。楽屋に挨拶に行くと、経済雑誌が積まれていた。おそらく、そこらのコメンテーターや会社員らと比べても学習量は勝っているだろう。その芸人は「これくらい勉強して、考えるのは当然ですから」といった。
いや、もっといってしまえば、氏からは「考え続ける者にしか、お笑いはできないのだ」と信じる姿勢すら感じられた。さらにもっといえば、学んだり考えたりしたらなぜ良いかはわからないけれど、それでも、考えたほうがいい、という信念にも似た思想をもっているのだと私は思った。
最高の書籍
この話は、ブロガーのかんそうさんが書いた『書けないんじゃない、考えてないだけ。』に通じるところがある。どうも、この本は文章術を伝授するものらしい。大爆笑した。
ものすごく面白い。
これは、かんそうさんの『書けないんじゃない、考えていないだけ。』の冒頭からの引用だ。いわゆる文章術のように見せながら挑発的だ。これはきっと文章術の本に見せておいて、本質的にはエッセイ集なのだ。
かんそうさんは、きっと「考え続けたら、こんな面白い文章が書けるようになったよ。あなたたちもやってみたら? とりあえず、自分の文章を読んでくれる人が多くなるように考えてみな。自分もこのスタイルに落ち着いたのは考え続けた偶然だよ」と言っているに違いない。
ストレートに「面白い文章を書けるようになる本」ではない
そこで改めて考えてみる。
本書、かんそうさんの『書けないんじゃない、考えていないだけ。』をどう形容したらいいだろう。さきほどは文章術の本と見せかけたエッセイと書いたが「世の中の森羅万象を、稀有なライターがひたすら面白く書いた稀代の書」ともいえるだろう。
異常に面白く、そして刺激になる。きっと、少しでも自分を表現している人たちであれば買って読んだほうがいい。つまりそれは現代の全仕事人のことだから、全仕事人は買おう。
それにしても……。同時に、ものすごく、書評を忌避したくなる本だ。この本は「文書を書く前に考えろ」といっている。ということは、私のような書評を書く人は「その書評って、どれだけ考えましたか?」という批判を覚悟せねばならない。
この本は、ストレートに「面白い文章を書けるようになる本」ではない。「俺はこの文体で多くのファンが読んでくれるようになった」と説明する本だ。この著者の率直な姿勢を私は面白いと思う。
著者が「文章を書くときに、ウケるように考えよう」というとき、ウケるための本質的かつ唯一の技術論など存在しない。各人の文章の分野も内容も異なる。ただ、時間をかけて考えて、読者にとって面白い内容を書きたいと願うことが重要だ。ただ考えるという行為こそが、著者が勧める唯一の習慣にほからない。絶対的な方法はよくわからない。でも、考え続けたら、その熱情が読者に伝わる。理屈ぬきで、考えることそのものが重要なのだ。
それにしても著者の方法論は身も蓋もない。
たとえば、アーネスト・ヘミングウェイの作品を読むと、はじめは冗長だ。それが名作とわかっていなければ読むのを放棄するかもしれない。過去の名作といわれたものはたいていそうだ。しかし、現代、ブログやらの記事で人びとからまず読んでもらうためには、短時間で結論から説明せねばならない。だからこそ『書けないんじゃない、考えていないだけ。』では、短時間で魅了する方法や、文章のスピードなどに重点が置かれる。これもきわめて現代的なノウハウといえるだろう。
本書読者の「改善」は本当に「改善」なのか?
ところで本書のクライマックスは、かんそうさんのフォロワーにたいして、文章改善術を授けて、そのビフォーアフターを確認できるところにある。具体的には本書の最後の箇所に、その一般読者らが、同文章術を読む前のエッセイと、読んだあとのエッセイが掲載されている。
これはかんそうさんも書いていることだが、ビフォーアフターで比較すると、アフターの文章が面白くなっている。もっといえば、かんそうさんっぽくなっているのだ。なるほど、かんそう流の文章メソッドは、他者に影響を及ぼすインパクトをもっている、というわけか。
私は驚き、さらに笑いつつ、きっと、かんそうさんは、もっと笑っているに違いないと確信している。あくまで私の想像だが、本の主張をそのまま受け取るのではなく、この本で勧められた方法をすべて否定するくらい「考えて」文章を書いてほしいのではないか。
私は著者に会ったら、この指摘が正しいかを訊いてみたいのだ。
『書けたらいいってもんじゃない』ですよね、と。
(編集:サンマーク出版 Sunmark Web編集部)
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坂口孝則/調達コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。
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